森吉山の自然美とマタギ文化
「北秋田」エリアと秋田内陸線の音声ガイド13選

北秋田エリア
TOURIST Guide編集部
西貴輝

北秋田エリア

きたあきたえりあ
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人口約3万人の北秋田市。土地の大部分を山林が占める、自然豊かなまちです。
市の中南部にそびえる森吉山は、北から東側にかけて深い森の中に無数の渓谷や滝が流れる、まさに秘境。山頂付近では、初夏から秋に咲く高山植物や冬の樹氷も美しい北秋田を代表する名峰です。この森吉山をはじめ、山々に囲まれた雪深い地域では、農業だけでは食べていけないことから、集団で狩りを行い、山とともに生きるマタギ文化が生まれました。秋田を旅すれば、マタギの名は幾度となく見聞きすることでしょう。
歴史的な名所は、2021年に世界遺産に登録された伊勢堂岱遺跡のほか、江戸から明治にかけて発展した阿仁鉱山。鎌倉時代から続く綴子大太鼓や根子番楽など、貴重な伝統文化も見所です。
また、都会とはかけ離れた景色も北秋田の大きな魅力。秋田内陸線「スマイルレール」の観光列車から、どこまでも続く山の稜線や山間の田園地帯を眺めていると、心と身体がゆっくりとリセットされていくようです。


秋田内陸線 スマイルレール

A 秋田内陸線 スマイルレール

北秋田市 くまくま園

B 北秋田市 くまくま園

森吉山ダム

C 森吉山ダム

森吉山 阿仁スキー場/ゴンドラ

D 森吉山 阿仁スキー場/ゴンドラ

太平湖(太平湖遊覧船)

E 太平湖(太平湖遊覧船)

立又渓谷 (一ノ滝/二ノ滝/幸兵衛滝)

F 立又渓谷 (一ノ滝/二ノ滝/幸兵衛滝)

安の滝

G 安の滝

伊勢堂岱遺跡

H 伊勢堂岱遺跡

阿仁異人館・伝承館

I 阿仁異人館・伝承館

マタギの湯・マタギ資料館

J マタギの湯・マタギ資料館

大太鼓の館

K 大太鼓の館

浜辺の歌音楽館

L 浜辺の歌音楽館

北秋田市のグルメとお土産

M 北秋田市のグルメとお土産

スポット紹介

秋田内陸線 スマイルレール

スマイルレール

秋田内陸線 スマイルレール
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秋田内陸線「スマイルレール」は、鷹巣駅から角館駅までの29駅、94.2キロメートルを南北に結ぶローカル線です。
この路線は、昭和初期に阿仁地方の鉱山から物資を輸送することを目的に計画されました。現在は、普通列車、快速列車に加え、急行列車「もりよし」、2020年からは新観光列車「笑EMI」が土日の急行列車として運行しています。
鷹巣駅を出発した列車は、米代川を渡り、田園地帯を抜けて山間部をひた走ります。阿仁マタギ駅を過ぎると、待ち構えているのは、およそ5.7キロメートルに及ぶ十二段トンネルです。ここから線路は直線状になり、トンネルが幾つも続きます。車窓から望む四季折々の山の表情や、どこまでも続く田園風景は見飽きることがありません。夏から秋にかけては、田んぼアートも楽しみのひとつです。
沿線の見所は、伊勢堂岱遺跡や、鉄道ファンに人気の大又川橋梁、武家屋敷が残る城下町、角館など。また、阿仁合駅では「内陸線資料館」を併設。秋田の林業と鉱山を支えた鉄道の歴史を紹介しています。

北秋田市 くまくま園

きたあきたしくまくまえん

北秋田市 くまくま園
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くまくま園は、「マタギの里」として知られる奥阿仁地方に位置するクマだけの動物園です。
古来、山に入り大型獣を集団で狩る技術と知識をもつマタギにとって、クマは山の神さまからの有難い授かり物でした。
日本には、北海道に生息するヒグマと、本州より南に生息するツキノワグマの2種類のクマがいます。くまくま園の前身で、1989年に開園した阿仁熊牧場は、マタギの第一人者として名高い鈴木松治さんを初代牧場長に迎え、親をなくした子グマを受け入れていました。
現在のくまくま園では、ヒグマとツキノワグマの両方を飼育。そのほとんどが園内で繁殖したクマで、毎年4月下旬の冬季休園明けには、その年に生まれた可愛らしい子グマがお披露目されます。
ヒグマはガラス越しの見学ですが、その大きさに誰もが驚くことでしょう。
一方、ツキノワグマには直接おやつをあげることもでき、時にはクマが「ちょうだい」と手を振ることもあります。

森吉山ダム

もりよしざんだむ

森吉山ダム
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森吉山ダムは、高さ89.9メートル、頂上の長さは786メートル。戦国時代の石垣のような見た目は、中心部は砂利や粘土質の土を押し固め、外側を岩石で覆ったロックフィルダムと呼ばれる造りによるものです。
秋田県北部を東西に走る米代川流域では、古くから大規模な洪水と、渇水による水不足に見舞われてきました。そこで、1973年にダムの実施計画調査を開始。40年近い時を経た2011年、森吉山ダムはついに完成したのです。広大な土地を要するダム建設にあたっては、14の集落、200戸が移転を余儀なくされました。広報館から2キロほど東、森吉山大橋の手前には十四合同神社があり、湖底に沈んだ集落の石仏が祀られています。
広報館では、ダムの構造や目的を解説するパネルなどを展示。展望テラスからは、迫力ある長大なダムと森吉四季美湖を一望できます。秋の紅葉も美しいこのダム湖は、釣りやカヌーの場としても活用されている景勝地です。
一方、ダムの内部にはイルミネーションも設置され、無料で見学可能です。見学は1週間前までの予約を求められますが、当日の申し込みも対応できる場合があります。

森吉山 阿仁スキー場/ゴンドラ

もりよしざん あにすきーじょう/ごんどら

森吉山 阿仁スキー場/ゴンドラ
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標高1,454メートルの森吉山は、秋田最後の秘境ともいわれる奥森吉をはじめ、太平湖や森吉山ダムなど、見所の多い独立峰です。高山植物の宝庫としても知られており、雪解けとともに様々な花が咲き始めます。夏から秋は登山や紅葉狩りのためにゴンドラが運行し、冬はスキー場がオープン。1月から3月にかけては樹氷も見られます。
古来、人々は森吉山に宿る山の神を信仰し、様々な風習が生まれました。その中のひとつが、女人禁制です。また、山は「ケガレ」を嫌うため、登山前には臭いの強い肉や魚を断ち、動物の革製品などは「ケガレるもの」として、山では一切身につけませんでした。さらに、森吉山の山頂付近を覆う「モロビ」と呼ばれる松の一種は、その香りがケガレを払い、魔除けの効力があると信じられていました。山で狩りを行うマタギが猟に出る前には、モロビで燻して全身を清め、旅の安全を祈願したといいます。
今日にいたっては誰でも気軽に登れますが、地元住民にとって森吉山は、土地を見守り、恵みをもたらす特別な存在です。

太平湖(太平湖遊覧船)

たいへいこ(たいへいこゆうらんせん)

太平湖(太平湖遊覧船)
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太平湖は、森吉ダムのダム湖です。太平湖という名前は、ダム建設に関わった太平鉱業に由来。民間企業が湖の名前となった、非常に珍しい例です。森吉ダムは1952年に完成したダムで、小又川上流に位置します。同じ小又川の中流にある森吉山ダムとは、別のダムです。
太平湖は、コイやサクラマス、イワナといった淡水魚をはじめ、水鳥も多く棲む景勝地。毎年6月から11月まで遊覧船が運航し、「秋田県最後の秘境」とも呼ばれる小又峡への道筋となっています。
およそ30分の船の旅では、船上から深い森を眺めながら、かつて木材を里に運んだトロッコ列車の線路跡を通り過ぎ、小又峡の桟橋へ。水深58メートルの湖の底には、ダム建設に伴い水没した砂子沢(すなこざわ)集落が眠っています。
桟橋から三階滝までは、片道45分程度のトレッキングです。清らかな渓流や、水の浸食により生まれた甌穴など、美しい自然に心が洗われることでしょう。

立又渓谷 (一ノ滝/二ノ滝/幸兵衛滝)

たちまたけいこく(いちのたき/にのたき/こうべえだき)

立又渓谷 (一ノ滝/二ノ滝/幸兵衛滝)
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立又渓谷は、椈森という山の西側に位置する渓谷で、その名の通り、ブナやカエデ、ナナカマドが多く自生し、紅葉の名所として親しまれています。
山に入り、最初に現れるのは、落差38メートルの一ノ滝です。特徴は、水に濡れて黒々と光る岩。これは、熔岩が冷えて固まる際に収縮して生じるひび割れで、柱状節理と呼ばれるものです。一ノ滝は、晴れた日の午後は虹がかかることでも知られています。続く二ノ滝は、落差20メートル。幾筋にも分かれて流れる階段状で、非常に表情豊かな滝です。そこから急な山道をさらに登ると、最後の見所、幸兵衛滝に辿り着きます。落差108メートルは、秋田県最大。垂直に落下する滝とは違い、山肌を撫でるように滑り落ちる清流は、雄大かつやさしい印象です。
なお、立又渓谷へ向かう途中で、「日本の滝百選」に選ばれた名瀑「安の滝」へ向かう分岐点もあり、こちらも大変美しい滝として人気があります。

安の滝

やすのたき

安の滝
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かつてマタギが狩りをしていた奥阿仁の地。
安の滝はその最奥、中ノ又渓谷に滔々と流れています。
滝は2段に分かれ、上段の落差は約60メートル、下段が約30メートルです。
展望所から2段の滝を眺めた後は、ぜひ上段の滝壺まで足をのばしてください。滝壺から見る景観は、展望所のそれとまったく印象が異なります。
岸壁を流れる白いすだれ状の滝は、やさしく繊細で、見る人を魅了してやみません。
一方、上段左手に見える滝は、白糸の滝。水量は少ないものの、その名の通り、絹糸のような美しさです。
ところで、「安の滝」という名前は、ヤスという娘に由来します。江戸時代に鉱山で働いていたヤスと、久太郎という若者が恋に落ちました。当時、山の掟により、男女の仲はご法度。久太郎は「いつか迎えにくるとヤスに伝えてくれ」と友人に頼み、故郷に帰ります。
友人は伝言の代わりに、「久太郎は掟破りで捕らえられた」とヤスに吹き込み、絶望したヤスは滝に身を投げました。以降、村人はこの滝を「ヤスの滝」と呼ぶようになり、若い男女が訪れると恋が叶うといわれています。

伊勢堂岱遺跡

いせどうたいいせき

伊勢堂岱遺跡
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伊勢堂岱遺跡は、約4000年前の縄文遺跡です。
この遺跡の特徴は、雄大な白神山地を望む丘を平らに整地し、そこに環状列石を4つ築いている点にあります。
ストーンサークルとも呼ばれる環状列石は、石を円形に配置した遺構で、北海道や北東北に多くみられます。ただ、1ヶ所で4つの環状列石が見つかっている例は、ほかにありません。
空港への道路建設にあたり、1994年に始まった発掘調査で、石器や土器に交じり、河原石が埋もれていることに調査員が気づきました。掘り進めたところ、次々と環状列石を発見。このような場合、通常は遺跡の記録だけを取るか、他の場所へ移設され、工事は継続されます。しかし、伊勢堂岱遺跡は工事を中止して現地保存された、全国でも非常に稀な事例です。
周辺からは、埋葬した跡である土坑墓をはじめ、土偶や石器などまつりの道具も多数見つかっており、ここが何らかの祭祀、或いは儀礼の場であったことを示しています。
なお、2021年には、この伊勢堂岱遺跡を含む、北海道、青森、岩手、秋田に点在する17ヶ所の遺跡が、「北海道・北東北の縄文遺跡群」として世界遺産に登録されました。

阿仁異人館・伝承館

あにいじんかん・でんしょうかん

阿仁異人館・伝承館
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「阿仁異人館・伝承館」は、阿仁鉱山の歴史を中心に、郷土文化を今に伝える施設です。
江戸時代に金山として開発された阿仁鉱山は、銅の産出で大きく発展しました。ここで採れた銅は、日本海を渡り大阪まで送られた後、精錬され、長崎から外国に輸出。1716年には銅の産出量が日本一になったといいます。
仕事を求めて全国から労働者が集まったことで、周辺には様々な宗派の寺院が建ち、それらの一部は今も存在しています。
伝承館では、鉱山で使っていた道具のほか、江戸時代の作業絵図や、阿仁鉱山だけで使用されていた秋田波銭と呼ばれる貨幣などを展示。根子地区に伝わる山伏神楽、「根子番楽」などの民俗資料も紹介しています。
一方、異人館は、鉱山の近代化を目的に招かれた外国人技術者のための住居及び事務所です。
建設は明治15年。四方にベランダを巡らせた西洋風の建物は、アーチ型の窓も美しい、意匠を凝らした造りです。これは、国内に現存する非常に古い煉瓦造住宅のひとつで、貴重な近代化産業遺産として、国の重要文化財に登録されています。

マタギの湯・マタギ資料館

またぎのゆ・またぎしりょうかん

マタギの湯・マタギ資料館
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温泉宿「マタギの湯」に併設されている「マタギ資料館」。館内では、阿仁マタギが実際に使用していた狩猟道具、装束、山小屋での生活用具など貴重な品々を多数展示しています。さらに、マタギが使う言葉や儀式の解説パネルもあり、独特なマタギ文化について理解を深めることができます。
マタギとは、北東北を中心に集団で狩猟を行う人々を指し、その歴史は平安時代まで遡るといいます。熊狩りのイメージが強いマタギですが、実際には、春は山菜、夏は魚、秋はキノコを採り、冬はウサギも追います。また、かつては山から山へ狩りをしながら移動していたため、狩猟で授かった動物の皮や、体の部位から作った生薬は、旅先での貴重な収入源でした。
山岳信仰や厳しいしきたりなど、現代人にとっては謎に満ちた特異な面に注目が集まりますが、山と里をまたいで生きるマタギからもっとも学べることは、ヒトが自然と共生する道かもしれません。



※スマホに専用アプリをインストールすると「日本語、英語、繁體語」の解説を聞くことができます。詳細は、館内スタッフまでお尋ねください。

大太鼓の館

おおだいこのやかた

大太鼓の館
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北秋田市綴子地区に伝わる民俗芸能、綴子大太鼓。鎌倉時代に雨乞いと五穀豊穣を祈る神事として始まった祭礼で、実に750年以上の歴史を誇ります。
神事が始まった当初、太鼓は直径70センチ程度でした。それが競い合うようにどんどん大きくなり、現在は1992年に制作された、直径3.8メートル、重さ3.5トンのものが最大です。太鼓の上に人が乗り、長いバチでこれを打ち鳴らせば、四里四方に鳴り響くといわれています。
「大太鼓の館」では、そんな綴子大太鼓のほか、世界各国から集めたおよそ140基の太鼓を展示。一部の太鼓は実際に叩けるようになっています。また、映像ホールでは、夏に催される「綴子神社例大祭」の様子を上映。雷に見立てて雨乞いしたという、豪快で迫力ある太鼓の音を体感できます。
見学後は、同じ敷地内にある「大太鼓の里ぶっさん館」にて、名物の太鼓まんじゅうもぜひお試しください。

浜辺の歌音楽館

はまべのうたおんがくかん

浜辺の歌音楽館
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「浜辺の歌音楽館」は、明治生まれの作曲家 成田為三の記念館です。
音楽館のある北秋田市米内沢は、成田の生まれ故郷。秋田を出た成田は、21歳で上野にある東京音楽学校に入学。作曲家 山田耕筰のもとで住み込みの書生として音楽を学びました。在学中に作曲した「はまべ」は、美人画で知られる画家 竹久夢二の装丁で、「浜辺の歌」として楽譜が出版され、成田の華々しいデビューを飾ったのです。記念館では、この「はまべ」の自筆の楽譜や表紙が展示されています。
その後、ドイツ留学を経て西洋音楽を学んだ成田は、多くの音楽理論書を出版しました。また、童謡のみならず、合唱、ピアノ、オーケストラ曲なども作曲。生涯で300曲余りを生み出しました。1階の「代表曲アルバム」の部屋では、そういった作品の数々を視聴できます。
ちなみに、成田の代表作となった「浜辺の歌」は、秋田内陸線米内沢駅の列車到着予告音にも使われています。

北秋田市のグルメとお土産

北秋田市のグルメとお土産
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山林が多い北秋田では、厳しい自然環境を生きる里山の人々の知恵が食文化にも表れています。

山間部ではマタギ文化が根付いており、クマ鍋やウサギ鍋などのジビエ料理が有名です。阿仁地区には、鉱山時代の労働者が病気になった時に馬肉を食べたところ、たちまち元気になったという話が残っており、馬肉料理もポピュラーなものとなっています。

秋田名物として有名な「きりたんぽ」は、ごはんを棒に包んで焼いたもの。比内地鶏のガラでとった出汁で鍋にしたり、味噌を塗って食べます。また、「いぶりがっこ」も秋田の伝統食。雪深いこの地では、大根を外に干すことができないため、囲炉裏の上に大根を吊るし、燻して乾燥させた上で作る漬物です。ほかにも、山菜やきのこ、イワナやアユといった山の恵みは、雪国ならではの優れた保存・調理法がみられます。

一方、気軽に試せるご当地グルメは、市北部の鷹巣で採れるししとうを使った、ししとうソフトクリームや、ししとうラーメン。いずれも道の駅「たかのす」で販売しています。
定番のお土産は、ご当地スイーツの「バター餅」や、創業1796年という老舗の菓子店「晩梅」が作るお菓子の数々。伝統工芸品では、秋田八丈と呼ばれる草木染めの絹織物が特産です。北秋田市にたった一軒ある工房が、県内唯一の生産者で、財布やペンケースなど、旅行者が求めやすい商品も取り扱っています。

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