倉敷エリア紹介
TOURIST Guide編集部
西貴輝

倉敷エリア紹介

くらしきえりあ
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倉敷市は国内外から観光客が訪れる、岡山随一の観光地です。江戸時代後期に物資の集積地として栄えたことで、裕福な商家の町家や白壁の蔵が立ち並び、今日まで残る伝統的な町並みの基礎となりました。
明治に入ると、紡績業が誕生。繊維業界を率いて倉敷の発展に多大な貢献を果たした大地主「大原家」の名前は、倉敷で1度は必ず耳にすることでしょう。
観光のメインとなるのは、倉敷美観地区。美術館や博物館、歴史的な旧跡が集まるほか、古民家を改装したカフェや雑貨店も多く、まち歩きが醍醐味です。また、南の海側までいくと、国産ジーンズ発祥の地として知られる児島や、江戸から明治にかけた港町の面影が残る下津井が見所。鷲羽山から望む瀬戸内海の多島美と瀬戸大橋の大パノラマは、心に焼きつく美しさです。
倉敷ならではのお土産は、個性的なデニム製品やマスキングテープが人気。名物のタコもぜひお試しください。


倉敷美観地区

A 倉敷美観地区

大原美術館

B 大原美術館

語らい座 大原本邸

C 語らい座 大原本邸

倉敷アイビースクエア

D 倉敷アイビースクエア

くらしき川舟流し

E くらしき川舟流し

倉敷考古館

F 倉敷考古館

桃太郎のからくり博物館

G 桃太郎のからくり博物館

倉敷民藝館

H 倉敷民藝館

阿智神社

I 阿智神社

いがらしゆみこ美術館

J いがらしゆみこ美術館

由加山 由加神社本宮

K 由加山 由加神社本宮

児島ジーンズストリート

L 児島ジーンズストリート

野﨑家塩業歴史館・旧野﨑家住宅

M 野﨑家塩業歴史館・旧野﨑家住宅

ベティスミス ジーンズミュージアム&ヴィレッジ

N ベティスミス ジーンズミュージアム&ヴィレッジ

スポット紹介

倉敷美観地区

くらしきしびかんちく

倉敷美観地区
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倉敷美観地区は、倉敷駅から南へ15分ほど歩いたところに広がる町並保存地区です。
この地が人を惹きつけてやまない魅力は、なまこ壁の蔵屋敷や町家が織り成す風情ある古いまち並み。
中でも、一般公開されている大原本邸、新渓園、大橋家住宅などは、伝統建築の内部を見学できる貴重な遺構です。
これらに、大正から昭和にかけた西洋風の近代建築がうまくとけこみ、移ろう季節や天候がより趣を引き立てています。
この美しい景観は、NHKの連続テレビ小説や映画の撮影にも多く利用され、ロケ地巡りに訪れるファンもいます。
また、国内有数の西洋美術コレクションを誇る大原美術館や、倉敷アイビースクエア、倉敷民藝館といった文化施設も、非常に質が高いと評判です。
主な見所は、すべて徒歩圏内。古民家を改装したカフェや雑貨屋が多く、倉敷ならではの工芸を体験できる施設もあるため、まち歩きだけで1日があっという間に過ぎていくことでしょう。

大原美術館

おおはらびじゅつかん

大原美術館
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大原美術館は、日本で初めて西洋美術を広く一般に公開した私設美術館です。
開館は、昭和初期の1930年。倉敷の実業家 大原孫三郎が洋画家 児島虎次郎を援助し、当時現役だったモネやマティスに加え、エル・グレコなど西欧の大作を数多く買い付けました。
さらに、エジプトや中国でも積極的に古美術品を収集。日本の近代名画も取り揃え、それらが今日の展示の中核を成しています。
見学の際は、作品を引き立てるために細部までこだわった床や壁、照明も見所のひとつです。
また、この美術館の特徴は、国内の若手作家を積極的に支援しているところにあります。
これから歴史を作っていくであろう現代アートは、新しい感性との出会いそのものです。
未来の巨匠を探す目利きになったつもりでお楽しみください。
入場券は本館、分館、工芸・東洋館の建物ごとに分かれており、入館しなかった施設は別の日でも入館可能。なお、本館と分館の間にある「新渓園*」は、大原家の別邸で、大広間と日本庭園を無料で見学できます。

*)新渓園の管理は現在倉敷市が行っています

語らい座 大原本邸

かたらいざ おおはらほんてい

語らい座 大原本邸
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「語らい座 大原本邸」は、倉敷の発展に大きく貢献した大原家が暮らしていた住宅です。
江戸時代後期にあたる1795年に建設が始まり、増築を重ねて明治中期に概ね現在の形となりました。
大原家は、江戸時代には繰綿の下仲買や蔵米取引などを行い、明治に入ると倉敷紡績、倉敷銀行、倉紡中央病院など数々の事業を手がけました。
母屋に加え、倉8棟を有するその邸宅は、今日国の重要文化財に指定されています。見所は、倉敷窓、倉敷格子や白壁といった、本物の伝統建築。
離れ座敷から望む日本庭園も大変風情があります。
「語らい座」とは、英語で「触媒」という意味の「カタライザー(catalyzer)」にもかけています。その名が現す通り、単なる歴史資料館にとどまらず、大原家の歩み・哲学を通して見学者が「気づき」を得られるような展示が特徴です。
また、学校や企業に教育プログラムを設け、地域の学びの場を提供。観光名所の枠を越え、生きた文化施設となっています。

倉敷アイビースクエア

くらしきあいびーすくえあ

倉敷アイビースクエア
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倉敷アイビースクエアは、ホテルをはじめ、倉紡記念館、陶芸教室や地元の名産品をそろえた店舗が集まる複合文化施設です。
注目すべきは、その建物。もとは1889年にできた倉敷紡績の本社工場で、操業当時の外観と基本構造を残しつつ、1973年に観光施設として生まれ変わりました。明治時代の工場勤務は、12時間交代の徹夜労働、居住区は大部屋の万年床など劣悪な環境が一般的でしたが、倉敷紡績はそうした環境を改善し、従業員を大切に扱ったと伝わっています。
施設の名前に使われている「アイビー」とは、ツタのことです。「緑のカーテン」とも呼ばれるツタは、夏は断熱効果で室内の温度を下げ、冬は内側の熱を外に逃がさないため、工場だった頃は温度調節を果たしていました。ツタに覆われた赤煉瓦のこの建物は、いまや倉敷を象徴する存在。季節や天候、時間帯によって移り変わる様々な表情をお楽しみください。
江戸時代の物資運搬で大きく開き、紡績業で近代産業を牽引してきた倉敷。アイビースクエアは、倉敷発展のまさに中心地なのです。

くらしき川舟流し

くらしきがわかわぶねながし

くらしき川舟流し
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倉敷美観地区の中心を流れる倉敷川。
くらしき川舟流しは、6人乗りの小船で中橋を出発して南の高砂橋、引き返して北の今橋までぐるりとまわる、1周およそ20分の川巡りです。
倉敷川一帯は、江戸時代に松山藩の玄関港として開け、昭和30年代はじめまで物資輸送が盛んに行われていました。現在の川幅は10メートルほどですが、かつてはその倍あったといわれています。
川沿いに立ち並ぶなまこ壁の土蔵や塗屋造の町家は、天領と呼ばれた江戸幕府直轄の地域として活気づいていた頃の名残りです。
舟ではベテランの船頭による解説も醍醐味。貸し出される笠のかぶり物も、気分を盛り上げます。
なお、乗船券は観光案内所の「倉敷館」で販売。こちらは大正時代に倉敷町役場だった建物で、古い町並みにうまくとけ込む木造の洋風建築にもご注目ください。

倉敷考古館

くらしきこうこかん

倉敷考古館
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倉敷考古館は、この地方における遺跡調査の研究結果を展示・発表する民間の博物館です。
江戸時代後期の米蔵を利用した建物は、外壁の側面に正方形の瓦をはりつけたなまこ壁が特徴的な、倉敷を象徴する建築物。
手前の中橋(なかばし)と柳を併せ、パンフレットやガイドブックにもよく使われている風景です。
館内では、岡山県と広島県東部にまたがる吉備地方から出土した古代の石器、青銅器など、およそ700点が展示されています。
なかでも注目すべきは、筒形の大型土器である「特殊器台(とくしゅきだい)」。
これは弥生時代後期に吉備地方で生まれ、埴輪の起源になったものと考えられています。また、瀬戸内地方でよく見られる「分銅形土製品(ふんどうがたどせいひん)」も、この地方ならではの出土品です。
ほかにも、鉄製品が多く発掘されていることから、吉備国(きびのくに)が優れた製鉄技術をもち、古代日本において有力な地方国家であったことがうかがえます。
所狭しと並べられた文化財のなかには、インカ帝国以前のペルーの土器なども含まれ、ヒトや動物をかたどったユニークな造形が見所です。

桃太郎のからくり博物館

ももたろうのからくりはくぶつかん

桃太郎のからくり博物館
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「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に……」というあまりにも有名な出だしで始まる「桃太郎」。岡山県は桃太郎ゆかりの地として知られています。
桃太郎のからくり博物館では、1階は目の錯覚を利用したからくりや「鬼ヶ島洞窟探検」などの体験アトラクションがメインです。
2階は、「桃太郎収集家」として知られる館長が自ら集めた歴史資料を展示。
桃太郎伝説は今日よく知られている物語とは別に、時代や地域ごとに異なる設定があり、その考察や解説は子供より大人が惹きつけられます。複数の出版社から出された様々な「桃太郎」の絵本や、江戸時代の浮世絵なども大人が興味をもてる展示です。
映像シアターでは、戦時中に作られた「桃太郎」を題材にした貴重なアニメ映画が上映されています。

倉敷民藝館

くらしきみんげいかん

倉敷民藝館
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倉敷民藝館は、江戸時代後期の米倉 (こめぐら)を利用して1948年(昭和23年)に開館。伝統的な民家を利用した初めての施設で、町並み保存のきっかけとなりました。
「民藝」とは、「民衆的工芸」をあらわす造語です。これは大正時代に西洋化が進んだことで、大量生産が主流となっていく中、名も無き職人が生み出す生活道具にも美術品に劣らぬ「健全な美しさ」がある、と唱える運動が発生。そこから生まれた表現です。
館内では、陶磁器、木工品、染織品など日々の暮らしに根づいた様々な生活用具、およそ600点を展示。朝鮮民画と呼ばれる、教育や厄除けなど実用目的で描かれた絵画も所蔵しています。
また、多様なテーマで企画展を開催。無駄な装飾のない、実用性にすぐれた日用品は、高価な美術品よりずっと身近に感じられます。落ち着いた空間でそれらをじっくりと眺めていると、毎日の生活に活かせるアイデアが湧いてきそうです。

阿智神社

あちじんじゃ

阿智神社
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阿智神社は海の守り神「宗像三女神」をお祀りする神社です。
詳しい創建は不明ですが、「阿知」という名前は倉敷の古い呼び名で、4世紀以降に大陸から移り住んだ阿知使主(あちのおみ)の一族に由来するものです。
この神社の特徴は、「鶴石組」「亀石組」と呼ばれる「磐境(いわさか)」、すなわち神域と、境内に点在する聖なる岩の「磐座(いわくら)」です。
これは古代において、神々を岩に招いてお祀りする日本古来の風習と、中国の神仙(しんせん)思想を併せたものと考えられており、日本庭園における石組みの起源ともいわれています。
様々な神さまをお祀りする境内では、倉敷美観地区を一望できる絵馬殿、随身門(ずいしんもん)を見上げたところにあるウサギの彫刻にもご注目ください。
また、本殿北側の「阿知の藤」は「あけぼの藤」という品種で、同種では日本一の古さ大きさを誇ります。見頃は4月下旬から5月上旬。この藤の実が入ったお守りは、健康・夫婦円満のご神徳があります。

いがらしゆみこ美術館

いがらしゆみこびじゅつかん

いがらしゆみこ美術館
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ここは、漫画「キャンディ・キャンディ」で知られるいがらしゆみこの美術館です。
全国18カ所の観光候補地から倉敷が選ばれ、2000年5月に現在の地に「いがらしゆみこ美術館」が建てられました。倉敷いがらしゆみこ美術館の開館を記念して描かれた『倉敷物語~はちまん~』は地元のイメージキャラクターとして皆様に愛されています。

この美術館のオススメは、いがらしゆみこが描くようなお姫さまドレスを着て撮影ができる「お姫さま体験」です。
100着を超えるドレスは豊富なサイズを取り揃え、体型の心配もいりません。幼児からおばあちゃん、男性にいたるまで、誰でも気軽に変身できます。
また、併設のカフェではピンクのカレー「プリンセス・ピンクカレー」が話題。きらきらと輝くいがらしゆみこワールドをお楽しみください。

由加山 由加神社本宮

ゆがさん ゆがじんじゃほんぐう

由加山 由加神社本宮
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由加神社本宮は厄除けの神さまとして名高い、歴史ある神社です。
表参道にのびる階段は「厄除け石段」と呼ばれ、33、42、61段と、厄除け祈願を胸で唱えながらのぼります。
その先に堂々と佇むのは、備前焼大鳥居と備前焼の狛犬。この狛犬の片方は、右の前足を後ろ足の膝にのせた珍しいポーズをとっています。
境内には、子授けのご神木をはじめ、学業、縁結び、商売繁盛など様々な神さまが勢揃い。なかでも注目は「タコ神さま」で、この地方の名産、タコを海の神に見立て、海上安全や豊漁を祈る珍しい信仰です。
ところで、この神社には「両参り」という風習があります。
江戸時代から明治にかけて、「こんぴらさん」で親しまれている香川県の金刀比羅宮(ことひらぐう)と両方お参りすることで、より多くのご利益が得られるといわれてきました。
これを受け、表参道の石段途中の鳥居は、行きに見上げると「瑜伽大権現(ゆがだいごんげん)」、帰りに見下ろすと「金刀比羅宮」の額が掲げられています。
また、当時、岡山と香川の移動は船しかなく、田の口港(たのくちこう)がその船着場でした。
現在でも、かつての南参道の入口には鳥居が残されています。

児島ジーンズストリート

こじまじーんずすとりーと

児島ジーンズストリート
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明治より「繊維のまち」として知られる児島地区。
児島ジーンズストリートは、その名の通り、国産ジーンズのパイオニアといえる店からオーダーメイドの店、デニム雑貨に力を入れる店など、ジーンズ・デニムに特化した40近い店舗が集まるエリアです。
ここはかつて味野商店街と呼ばれ、昭和30~40年代には縫製工場に勤める女性たちが日用品の買い出しに訪れる、児島で最も栄えた地域でした。
その後、住民の高齢化や大規模小売店の出店にともない、まちは衰退。
地場産業であるジーンズも、工場ばかりで観光客が買えるような販売店がなかったのです。
そこで、銀行や郵便局など、もともと商店街にあった古い建物や空き店舗に着目。メーカーや商工会議所が1軒、2軒と交渉を重ね小売店を増やしていき、児島ジーンズストリートが誕生しました。
ここでは、自動販売機や公衆トイレはデニム柄。
足元のアスファルトもデニムの藍色で、道路の白線と平行して引かれている赤い線は、白地に赤い糸が縫い付けられたほつれ止めをイメージするなど、作り込まれた景観も見所です。

野﨑家塩業歴史館・旧野﨑家住宅

のざきけえんぎょうれきしかん・きゅうのざきけじゅうたく

野﨑家塩業歴史館・旧野﨑家住宅
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旧野﨑家住宅は、江戸時代後期に塩の製造で財をなし、「塩田王(えんでんおう)」と呼ばれた野﨑武左衛門(のざき ぶざえもん)の屋敷です。
広大な敷地には、風格ある長屋門(ながやもん)にはじまり、主屋(おもや)、表書院のほか、なまこ壁の土蔵が立ち並び、枯山水の庭園が四季折々の表情を見せます。
見所は、欄干や建具、材木の細かい意匠。とりわけ、中座敷から向座敷(むこうざしき)まで連続する9つの座敷は圧巻です。
また、一部の蔵は展示館となっており、塩作りの歴史や実物の道具を展示。映像でもわかりやすく紹介しています。
このように、ひとつの敷地に各建物が当時のまま残っていること、さらに、実際に使われていた生活道具や従業員用の食堂などから、当時の裕福な庄屋の全体像をうかがい知ることができます。
なお、毎年春になると、野﨑家に代々伝わる大型の雛人形や雛道具を一般に公開。絢爛豪華な雛壇は、日本の伝統文化に触れる貴重な機会となっています。
ちなみに、野﨑家が立ち上げた製塩会社は現在も操業中。日本の塩の15%以上を作り、ご家庭の食卓でも必ず使われているような大手製塩会社のひとつとして、伝統を守り、質の高い塩を作り続けています。

ベティスミス ジーンズミュージアム&ヴィレッジ

べてぃすみす じーんずみゅーじあむ&びれっじ

ベティスミス ジーンズミュージアム&ヴィレッジ
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「ベティスミス」は、国内初の女性向けジーンズメーカーとして1962年に児島で生まれた企業です。
敷地内には、無料で見学できるジーンズ博物館や、縫製工場、ジーンズ作り体験工場、アウトレットショップが集まっています。
ミュージアムの1号館では、アメリカで誕生したジーンズの歴史やその時代背景を、パネルや展示物で紹介。
年代物のミシンやヴィンテージのジーンズなどが所狭しと並び、非常に見応えがあります。
一方、2号館のテーマは国産ジーンズ。1970年代まで使われていた工場を改装し、当時の機械をそのまま展示。デザインの決め手となるデニム加工の工程や、時代ごとにまとめた国産ジーンズの変遷が見所です。
また、人気のジーンズ作り体験では、ボタンやポケットの金具を取り付けてオリジナルの1本に仕上げます。こちらは基本的に予約が必要ですが、デニムのストラップやキーホルダー作りであれば、予約は不要です。

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