歴史と文化、そして芸術を愛でる街
「後楽園・本郷・御茶ノ水・九段」エリアの観光音声ガイド

後楽園・本郷・御茶ノ水・九段
TOURIST Guide編集部
吉川雅子

後楽園・本郷・御茶ノ水・九段

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東京・後楽園、戦後の高度成長まっしぐらの1960年代から70年代、プロ野球観戦で賑わう球場、そして隣接する遊園地は大人から子供まで楽しめるレジャースポットでした。同時に明るい希望に満ちた昭和を象徴する活気ある場所でもありました。時代の変化とともに全天候型の屋根付きのドーム球場に変貌したのを皮切りに、スケールアップした遊園地や最先端科学を取り入れたミュージアムも誕生し大型の娯楽施設へと変貌しました。いっぽう、江戸時代から学問と文化の香り高い街で、その歴史から生まれた成果が、博物館や史跡などで継承されています。日常生活では当たり前になっている水道設備、その発展の歴史にはほとんど関心が払われない印刷、これらの技術を確立した先人の苦労に触れられるのも「文の京(ふみのみやこ)」文京区ならではです。また野球やサッカーを単なるスポーツだけでなく、文化や歴史的側面から見ることができるのもこの地域らしさを物語っています。しっかり遊んでじっくり学ぶ、そんな旅に出かけましょう。


東京ドーム

A 東京ドーム

東京ドームシティ アトラクションズ

B 東京ドームシティ アトラクションズ

宇宙ミュージアムTeNQ

C 宇宙ミュージアムTeNQ

野球殿堂博物館

D 野球殿堂博物館

東京復活大聖堂教会(ニコライ堂)

E 東京復活大聖堂教会(ニコライ堂)

東京都水道歴史館

F 東京都水道歴史館

日本サッカーミュージアム

G 日本サッカーミュージアム

文京ふるさと歴史館

H 文京ふるさと歴史館

北の丸公園

I 北の丸公園

科学技術館

J 科学技術館

千鳥ヶ淵

K 千鳥ヶ淵

昭和館

L 昭和館

小石川後楽園

M 小石川後楽園

スポット紹介

東京ドーム

とうきょうどーむ

東京ドーム
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東京ドームは、日本初の屋根付き球場で、プロ野球・読売ジャイアンツのホームグラウンドとして1988年にオープンしました。
雨による中止でゲームの日程を左右されない球場という条件で、全天候型ドーム型デザインが決まり、後楽園競輪場の跡地に着工したものです。
建築面積はおよそ4.7ヘクタールですが、この大きさを何に例えるかというより、ほかの施設が「東京ドーム何個分」と呼ばれ、大きさを想像する目安に使われています。
ドームの収容人員は、野球で46,000人、コンサートで55,000人、野球のシーズンオフでもコンサートや各種イベントなどで賑わっています。
東京ドームはその形状が卵に似ていることからビッグエッグの愛称が付き、周辺のアミューズメント施設なども含め、ビッグエッグシティと呼ばれていました。
しかし2000年から東京ドームシティに変わりました。それに合わせて開業したホテルや都市型遊園地を始め、入浴施設を備えたショッピングモールなどエンタテイメント型融合商業施設が加わり、年間で3,800万人が訪れる抜群の集客力を誇っています。

東京ドームシティ アトラクションズ

とうきょうどーむしてぃあとらくしょんず

東京ドームシティ アトラクションズ
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東京ドームシティ アトラクションズは、1955年に開園した「後楽園ゆうえんち」が周辺のレジャー施設のリニューアルに伴い、2003年に新たなアミューズメント施設として開園しました。
これまでの子供の遊園地というスタイルを一新し、東京ドーム天然温泉「スパ ラクーア」も隣接し、大人も楽しめるスポットに変わりました。
スーパー戦隊のヒーローショーは現在も健在で人気を集めています。
ひときわ人気が高いのはやはりスリル系アトラクションで、80度の最大傾斜を最高時速130キロメートルで走るジェットコースター「サンダードルフィン」。
中心軸がない観覧車「ビッグ・オー」の真ん中をサンダードルフィンがくぐり抜けるスリル満点のアトラクションです。
周囲丸見えのシースルーのゴンドラが60メートルの高さから落下するスカイフラワーは予想以上のスリル感が人気です。

宇宙ミュージアムTeNQ

ウチュウミュージアム テンキュー

宇宙ミュージアムTeNQ
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数ある宇宙に誘う博物館の中でもひときわユニークなのが、宇宙ミュージアムTeNQです。「宇宙を感動する」をテーマにしたエンタテイメントミュージアムで2014年に開館しました。
宇宙は古代から人々を魅了し限りない好奇心を掻き立てきましたが、その思いを幅20メートル高さ4.5メートルの巨大なプロジェクションマッピングで表現しています。
そして宇宙開発が日常になった今、地球の全体像や宇宙空間の一部は可視化されました。TeNQで眺める宇宙は「シアター宙(ソラ)」です。
直径11メートルの円形スクリーンで大きな穴を覗き込むように上から見下ろします。国際宇宙ステーション(ISS)から見える地球の実写や先端技術を駆使した高解像度の天体は宇宙の美しさと雄大さを表現しています。
また見上げるプラネタリウムなどと違って、自らが宇宙空間に浮遊しているかのような不思議な感覚を覚え、一体感も味わえます。
日ごろは意識しない地球や天体の世界、望遠鏡とは違ったロマンとリアルな空間を楽しめます。

野球殿堂博物館

やきゅうでんどうはくぶつかん

野球殿堂博物館
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野球殿堂博物館は、日本野球界全体(プロ・アマチュア野球)で運営する博物館です。
1959年に旧後楽園球場に隣接する場所に開館し、1988年に東京ドーム内の現在の場所に移転しました。
常設展示は、プロ野球、アマチュア野球、野球の歴史のゾーンなどに分かれており、プロ野球12球団の現役選手の用具、WBCをはじめとする国際大会の資料、1903年の早慶戦開始の書簡(返信)などを展示し、野球の歴史と現在をわかりやすく紹介しています。また、新着資料や話題性の高い資料も随時展示しており、プロ・アマを問わず野球のことなら何でもわかる博物館です。
また、野球殿堂では、年1回「競技者」と「特別」の両表彰委員会で、日本野球の発展に大きな貢献をした方々を選出し、「野球殿堂入り」として発表しており、殿堂入りされた方々の表彰レリーフ(ブロンズ製胸像額)を、館内の殿堂ホールに掲額し、永久にその栄誉を讃えています。野球の発展に貢献した選手や監督だけでなく、外部から支えた関係者も殿堂入りしており、巨人軍を創設した正力松太郎氏ら9人が1959年に最初の殿堂入りを果たして以来、2019年現在、204人が名を連ねています。
戦前の黎明期、選手までもが戦陣に散った戦中の暗黒の時代、そして戦後の平和と繁栄の象徴でもあった「ONの時代」、さらにメジャーリーグへの進出と野球界も大きな変化を遂げました。
それぞれの時代を彩ったチームや、名選手、名監督、記憶に残る試合の足跡を辿り、知られざるエピソードを発見できるかもしれません。

東京復活大聖堂教会(ニコライ堂)

とうきょうふっかつだいせいどうきょうかい にこらいどう

東京復活大聖堂教会(ニコライ堂)
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御茶ノ水駅のすぐ近くにドーム型の屋根が特徴の聖堂・ニコライ堂があります。ニコライ堂の正式名称は、「日本ハリストス正教会東京復活大聖堂」で、キリスト教の一派である正教会に属しています。
ロシアから来日し、布教活動を続けていた宣教師 聖ニコライによって1891年に建設されました。
その後、関東大震災により鐘楼が倒壊、それによってドームが崩壊しました。そして震災から6年の歳月をかけて復興されました。
幸い空襲は免れ、1962年に国の重要文化財に指定されました。
ビザンチン様式と呼ばれる、円形ドームを屋根に配置する建築様式は、4世紀から6世紀ごろが主流で、かつての東ローマ帝国の流れを受け継いだものです。
聖堂は高層ビルのガラス張りに乱反射して凛とした存在感を示しています。
拝観は信者以外の方も拝観可能で散策の途中にふと興味が湧けば気軽に入れます。

東京都水道歴史館

とうきょうとすいどうれきしかん

東京都水道歴史館
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「東京のレストランでは、おいしい水が無料で飲める」と外国人観光客には感動されますが、大多数の住民は当然の公共サービスと受け止めています。
しかし400年の歴史を経て、世界でもトップクラスの水質基準に達したプロセスには関係者の知られざる苦労がありました。
その歴史に触れることができる「東京都水道歴史館」は、1995年に開館しました。江戸幕府を開く直前、地域を支配していた徳川家康が直面した課題は、天下統一後に発展する江戸の生活用水確保でした。
館内では、家康以降の徳川将軍が家臣に命じて、水源地からの上水を引き込む工事の様子を、模型や資料、映像などで展示しています。
特に木樋(もくひ)と呼ばれる、木の枠で組んだ水道管の実物や水源地から水を引く上水工事のアニメからは当時の過酷な作業が想像できます。
一方で、角度計算や測量術など当時の綿密な調査には驚かされます。
近代化していく水道設備や技術の変遷ぶりに、コップ一杯の水にも思いを新たにするでしょう。「水を飲むとき、井戸を掘った人のことを忘れてはいけない」という中国の言葉、それが実感できる施設です。

日本サッカーミュージアム

にほんさっかーみゅーじあむ

日本サッカーミュージアム
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日本サッカーミュージアムは、日本サッカーの歴史資料を数多く収蔵·展示する施設で、日本を代表するサッカー専門ミュージアムです。
日本サッカー協会創設の契機となったFAシルバーカップや、なでしこジャパンが獲得したFIFA女子ワールドカップドイツ2011優勝トロフィーなどの各種トロフィーのほか、今日の日本サッカーを築いた先駆者の軌跡を辿る貴重な資史料等、約5万6千点が所蔵されています。
大型スクリーンを配した3Dシアターでは、サッカーの感動的なシーンや進化する日本サッカーの迫力ある映像を楽しむことができます。
いにしえの時代から受け継がれてきた日本サッカーの精神と伝統。
日本サッカーミュージアムはその有形無形の財産を後世に語り継いでいきます。

文京ふるさと歴史館

ぶんきょうふるさとれきしかん

文京ふるさと歴史館
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文京ふるさと歴史館は文京区の歴史や文化を学び、郷土に対する愛着や関心をもってもらうために、1991年に開館しました。
展示では、江戸時代に上水道や街道の整備といった大掛かりな基盤事業による街づくりを行っていたことがわかります。
その都市計画を反映した「まちの風景」、武士や庶民の「くらしの風景」、そして学問環境が整っていく「文化の風景」のゾーンに分かれ貴重な文献や絵画、それに模型などでその時代を再現しています。
活気に満ちた庶民の暮らしや、落ち着きと風格がにじむ武士の住まい、また、明治時代には東京大学をはじめとする多くの学校がつくられ、文教のまちの礎が築かれました。歴史館の界隈には樋口一葉や石川啄木などの住居跡が多く、近代文学の史跡を感じられるエリアです。

北の丸公園

きたのまるこうえん

北の丸公園
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皇居の北側に隣接する北の丸公園は、終戦時までは皇居を防衛する近衛師団(このえしだん)の拠点となっていました。
戦後、皇居周辺の緑地化計画を受けて、日比谷公園、皇居外苑と併せて整備されました。
北の丸公園では、ケヤキやクヌギなどの落葉樹の植林を進め、従来からの常緑樹も混じって、都心の森林公園に生まれ変わりました。
そして1969年に、昭和天皇の還暦を記念して一般公開されたのです。
19ヘクタールの公園は、中央に池と芝生広場を配置し、周囲に植えられた樹木が美しく映え、四季折々の変化が楽しめます。
春は約280本の桜が一斉に花開き、大勢の花見客でにぎわいます。
初夏は新緑の木漏れ日を浴びながら小径の散策、小春日和は、紅葉見物を兼ねたピクニックや散歩など、年齢や性別を問わず人々から愛されています。
また、濠の石垣の隙間に「ヒカリゴケ」が自生しており、本来は、洞窟などの暗い場所でわずかな光を反射することによりエメラルド色に輝くコケで、国の天然記念物に指定されています。江戸城の石垣を築くときに集められた石に付着していたと考えられますが、その生命力には驚きですね。

科学技術館

かがくぎじゅつかん

科学技術館
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科学技術館は、先端科学・技術の知識と関心を深められるよう、1964年、北の丸公園に開館しました。
私たちの日常生活は、科学や技術の発展で飛躍的に向上しました。
科学技術館では、「デンキファクトリー」などの約20の展示室や「ブルガリア博士のヨーグルト研究室」などの展示で、身近な産業や技術を紹介しています。
参加型の展示が多く、私たちの暮らしの中にもあるさまざまな事柄を分かりやすく体験できます。
また、館内では毎日40回以上の実験ショー等が開催され、光や電気エネルギーの原理や応用、発電の仕組みなど、子どもだけでなく大人も目から鱗が落ちるような現象を目の当たりにできます。
1964年の開館当時は、人工衛星の模型や無線操縦の実験、工場にある機械内部の構造などを展示していました。
ドローンと呼ばれるような無人航空機やスマートフォンなどの今日の機器は、その当時、まだ空想上の技術であったといえるでしょう。

千鳥ヶ淵

ちどりがふち

千鳥ヶ淵
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皇居の北西にある千鳥ヶ淵は、江戸城の拡張で川を堰き止めてできた「お堀」です。
1900年(明治33年)に道路建設で埋め立て、二つの堀に分かれたうちの一つ、千鳥が羽を広げている様子に似ているので千鳥ヶ淵と命名されました。
都内屈指の桜の名所で、沿道の植わる1000本が一斉に花開く時期には花見客で混雑します。また夜はライトアップも行われ、LED照明に映える夜桜見物も人気です。堀から桜を見物するための貸しボートもこの時期はフル稼働、順番待ちで長時間待ちも覚悟です。
風に吹かれて舞う花吹雪を頬に受けながら、ゆっくりとオールを漕ぐのはこの時期ならではの楽しみとなります。
この場所で毎年花開く桜に、平和への祈りも込めたいものです。

昭和館

しょうわかん

昭和館
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昭和館は、国民が経験した戦中・戦後の生活上の労苦を次世代に伝える国立の博物館で、1999年に開館しました。
当時の生活道具や紙物資料など約6万点を所蔵しています。
7階と6階の常設展示室は、「母と子の戦中・戦後」をメインテーマとして、物資不足の中で生活を支えた実物資料約600点余りを展示しています。
出征兵士の見送りで使った旗やのぼり、日の丸寄せ書きや、残された家族が使った日々の生活道具、また戦意高揚を煽るスローガンが記されたポスターや防空壕体験などを通じて、戦中の暮らしを学ぶことができます。
さらに生活物資が欠乏する中で、農村部への買い出しや、闇市などを介して必死に生きた戦後の時代の資料などから、当時の生活の労苦を読み取ることができます。
戦後70年以上が経過し、当時の体験を語れる人は少なくなるなかで、これらの残された実物資料が展示ケースの中から発する無言のメッセージをしっかりと受け止めたいものです。

小石川後楽園

こいしかわこうらくえん

小石川後楽園
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小石川後楽園は、1629年に水戸徳川家初代藩主・徳川頼房の築造にはじまり、2代藩主 光圀の代に完成した大名庭園です。江戸期において最も早く完成した大名庭園であり、日本各地の大名庭園に影響を与えたといわれています。
小石川台地の南端に位置する起伏ある地形を利用して造られた園内は、琵琶湖を模した「大泉水」の「海」を中心に、「山」「川」「田園」の変化に富む風景と、日本の名所になぞらえた景観を備えています。
光圀は、儒学を背景とした中国の庭園造りに力を注ぎ、特に隣国明の学者で日本に亡命していた朱舜水の意見を取り入れ、園内の随所に中国の名所を配しました。
和漢の調和が美しく、四季折々に異なる表情を見せてくれる小石川後楽園は、庭師の技によって今なお優れた景観を維持しており、特別史跡及び特別名勝として国の文化財に指定されています。

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