世界遺産の伝統美 そしてご当地グルメで街歩き
「姫路」エリアの観光音声ガイド

姫路エリア紹介
TOURIST Guide編集部
渋谷朋子

姫路エリア紹介

ひめじえりあしょうかい
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兵庫県・姫路市は南部は瀬戸内海、北部は中国山地の麓に至る、播州平野の一角を構成する南北に縦長い街です。
総人口は、兵庫県内では神戸に次ぐ二番目の規模で県南西部・播磨地方の中心地です。
姫路市を代表する国宝にして、日本で初めて世界遺産として登録された姫路城は、日本を代表する城郭と言っても過言ではありません。
歴史と伝統美は庭園や寺院にも継承され時代劇からハリウッド作品でも登場する文化遺産にもなっています。
一方で海外の世界遺産を一堂に集めたユニークなテーマパーク「太陽公園」や、他とは一線を画し、日本で唯一「ヌーの群れ」を見ることができる「姫路セントラルパーク」といった個性的な施設も人気を集めています。
また終戦直後に生まれた「えきそば」をはじめ、「姫路おでん」「ちゃんぽん焼き」などご当地グルメや見どころが豊富なエリアです。


姫路城

A 姫路城

好古園

B 好古園

姫路市立動物園

C 姫路市立動物園

書寫山圓教寺

D 書寫山圓教寺

太陽公園

E 太陽公園

姫路市立水族館

F 姫路市立水族館

廣峯神社

G 廣峯神社

御着城址

H 御着城址

えきそば

I えきそば

姫路セントラルパーク

J 姫路セントラルパーク

日本玩具博物館

K 日本玩具博物館

スポット紹介

姫路城

ひめじじょう

姫路城
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世界遺産に登録されている姫路城は、白漆喰(しろしっくい)で塗り込められたその美しい姿から別名「白鷲城」とも呼ばれています。初めて城が築かれたのは南北朝時代の1346年で、以来18代にわたる大名、延べ48人の城主が居城として使用してきました。
戦国時代から山陽道という地理的にも要衝にあったため、歴代城主によって城郭の増築や拡張が進められ、関ケ原の戦いで功績があった池田輝政(いけだてるまさ)が築いた、大天守を中心とする城郭建築が、現在に至っています。
内堀内は23ヘクタール、東京ドーム5個分の広さで、大天守の高さはおよそ46メートルの威容を誇ります。
また天守に至るまでには、いくつもの複雑な防御線が立ちはだかり、物理的にも心理的にも攻める側を威圧する、難攻不落を誇る城でもあります。
一方で大天守と小天守が渡櫓(わたりやぐら)で繋がる連立式天守で破風(はふ)と呼ばれる屋根のデザインが優美な姿を演出しています。
空襲を受け、櫓の一部が被弾しましたが不発であったという幸運にも恵まれ、昭和の大修理や平成の改修等を経て優美な姿を今に継承しています。

好古園

こうこえん

好古園
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好古園とは、姫路城を借景にした城内にある日本庭園で、1992年に市制100周年を記念して開園しました。
掘調査で判明した、1600年代に当時の当主・本多忠正(ほんだただまさ)が造営した西御屋敷跡、武家屋敷跡(ぶけやしきあと)に配置した庭園などを再現したものです。
総面積はおよそ1万坪で、園内に池を置き、周囲の草花や築山などを置いた景観を鑑賞する、池泉回遊式と呼ばれる庭園です。
鯉が優雅に泳ぎ、小さな滝を配置したものや、優美な蛇行が美しい曲水など、池の形も様々で後方の姫路城も重なって、息をのむような空間を創り出しています。
好古園の名称は藩校「好古堂」に由来します。
江戸時代最後の藩主・酒井家が前任地の上野国で開校し、その後姫路藩への国替えで移設したもので、文武両道の精神で子弟らの教育に努めてきました。
まるで時間が止まったかに思えるような雰囲気のある庭園は、江戸時代の風情そのままで数多くの時代劇作品のロケにも使われてきました。
あるがままの存在感と臨場感あふれる空間を感じ、思い出に残る時代劇の名場面やシーンを思い出しながら鑑賞するのも一興です。

姫路市立動物園

姫路市立動物園

姫路市立動物園
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世界遺産の敷地の中にある珍しい動物園が姫路市立動物園です。1951年にサンフランシスコ講和条約締結を記念して姫路城三の丸広場の隣に開園しました。約100種類約400点の動物が飼育展示され遊園地も併設した家族連れで楽しめる施設です。開園したときの飼育動物は僅か16種類、56点でした。この時の人気者がタイからやってきた象で「姫子」と命名されました。動物園のアイドル的存在でしたが、1994年に死亡し今は二代目姫子に受け継がれています。ライオンやホッキョクグマなどお馴染みの動物たちも勢ぞろいし来園者に愛嬌を振りまいています。またふれあい広場やミニ牧場も併設し、ヒツジや豚からモルモットなど直接触れて動物の生態を学べる場を提供しています。さらにちょっと変わった珍しいものは「ケサランパサラン」で正体は謎です。ふわふわした毛玉のような外観で、小動物の毛玉とか植物の冠毛(かんもう)が集まって固まったものなど諸説あり、そもそも生命体なのかどうかが不明です。動物園でお目にかかれる正体不明の物体、謎解きの挑戦はいかがでしょうか?

書寫山圓教寺

しょしゃざんえんぎょうじ

書寫山圓教寺
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ロープウエイでお参りに行くというスケールの大きなお寺、圓教寺。標高371メートルの書写山にあり、天台宗別格本山の高い格を有し、西の比叡山とも呼ばれています。
姫路市内北部にある小高い山、書写山は、古くから僧侶の修行の場でした。
966年、性空上人(しょうくうしょうにん)が開山しましたが、俗世間と距離を置く孤高な姿勢に感銘した花山法皇が986年に圓教寺の寺号を付与しました。
その後も天皇や貴族らの信仰が厚く、広大な境内では建物の増改築が相次ぎました。
自然が残る境内には樹木が生い茂り、立ち並ぶ伽藍は、歴史の重みを感じさせます。特に参道を登り切った奥の院手前にコの字型に展開する「三之堂(みつのどう)」は風格を滲ませています。
本堂に等しいのは大講堂と呼ばれ、教義の歴史が積み重ねられた場所です。
また食堂(じきどう)は修行僧の寝食の場所で二階建て、長さが40メートルという珍しい建物です。そして常行堂(じょうぎょうどう)は、念仏をただひたすら唱えながら本尊の周囲を回る修行の場です。
これらのお堂は2003年のハリウッド映画「ラストサムライ」や2014年にNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」などのロケ地となったことでも知られています。

太陽公園

たいようこうえん

太陽公園
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パリや北京に行かなくても凱旋門や天安門広場を姫路で見物できるとしたら・・・、そんな、世界で有名な観光スポットを一堂に集めた公園があるんです、姫路に。その名は太陽公園、地元の社会福祉団体が設立しました。
海外に出かけるのが難しい、障害を持つ人に有名な観光地巡りの気分を味わってほしい、観光客として訪れる人に障害者福祉を身近に感じてほしい、そして障害のある人の雇用機会を増やしたいという、まさに一石三鳥が実現しました。
園内は石のエリア、城のエリアに分かれ、民族衣装の貸し出しから路上マーケットと歩きまわるだけでワクワクした気分になります。
石のエリアは凱旋門、モアイ像、兵馬俑や石仏、城のエリアはドイツ・ロマンチック街道のノイシュバンシュタイン城や白鳥城などを再現しています。
実物大、あるいは実寸より小さいレプリカとは言え、本物そっくり。現地で見るような迫力があり、トリックアートと呼ばれる立体感あふれる絵画は大人も子供も目が釘付けになります。
外出を控えがちな人たちには、特に雰囲気を味わってほしい場所です。

姫路市立水族館

ひめじしりつすいぞくかん

姫路市立水族館
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1966年にオープンした姫路市立水族館は二つの大きな特徴があります。一つは、海の雰囲気を味わってもらうため、ほとんどの水族館が臨海に多くあることに対し、山の中腹にあること。もう一つは海水魚、淡水魚それに水生昆虫など地元・播磨を中心に飼育していることです。
珍しい種類より、身近な生物という取り組みは一見華やかさに欠けるかもしれません。
しかし環境の変化で、日常の生態を忘れてしまったような種を見つめなおすことで、新たな発見をしてもらいたいという思いも込められています。
また開館当初から生態研究も兼ね飼育しているウミガメやオオサンショウウオには大人も子供も真剣に見入っているようです。
タッチプールでは、ウニやヒトデまでも触ることができ、子供たちの好奇心を満たしています。
絶滅が危ぶまれる希少な種類が意外と身近なところで生息しているのを知ると、水質問題を考えずにはいられません。
大水槽を回遊する魚の群れやイルカのパフォーマンスとは違った、環境を振り返る社会見学の場でもあります。

廣峯神社

ひろみねじんじゃ

廣峯神社
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広峯山(ひろみねさん)山頂に鎮座する廣峯神社(ひろみねじんじゃ)は、734年(天平6年)に、吉備真備公(きびまびこう)が御神託を受け、聖武天皇(しょうむてんのう)に奏上し、勅命を受けて創建した古社です。
明治に至るまで、勅願所(ちょくがんしょ)として皇室・国家の祭礼を執り行っていました。
また、戦国時代の軍師・黒田官兵衛(くろだかんべえ)ゆかりの神社として知られています。
黒田家とのつながりは官兵衛の祖父・重隆(しげたか)の目薬を神社の御師が御札と一緒に販売し、黒田家再興をお手伝いしたことから始まっています。領主・小寺家への仕官も叶い、やがて天下に知られる軍師・官兵衛が誕生します。
神社がある山頂は標高が311メートル、参拝は軽いハイキング気分です。鳥居をくぐり上り坂の参道を進むと石段の狛犬が迎えてくれます。
拝殿は1626年に姫路城主・本多忠政(ほんだただまさ)が再建したもので、正面が十間(じゅっけん)、側面四間の建物が後方の本殿と軒を接しています。
本殿・拝殿ともに重厚感ある建築で国の重要文化財にも指定されています。
また広峯山は神社に向かう道の一部が姫路市内の夜景スポットして人気です。夕闇に浮かび上がる市街の灯火は昼間とは異なり都会の輝きを満喫できます。

御着城址

ごちゃくじょうし

御着城址
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姫路市東部にある御着城(ごちゃくじょう)は、戦国時代に築城されましたが、わずか60年の歴史でその幕を閉じ、現在は城址公園として整備されています。
戦国時代に播磨地方(はりまちほう)を支配した豪族・赤松一族の家臣・小寺政隆(こでらまさたか)が1519年に築城しました。黒田官兵衛は三代目城主・小寺政職(こでらまさもと)に才能を認められこの城で研鑽を積んだ時期もありました。
しかし、織田信長に始まる国盗りの合戦が相次ぐ時代、信長による播磨平定の命を受けた羽柴秀吉(はしばひでよし)により攻められ1579年に廃城となったのです。
防御用に天然の地形を利用しない平山城(ひらやまじろ)で、城門だけでなく屋敷や町屋なども城郭の中に納める惣構え(そうがまえ)で造られていました。
そのため城址は広大で、現在は中央に幹線道路の国道二号線が走っています。また本丸跡には城の天守を思わせる建物がありますが現在は市役所の東出張所と公民館になっています。
その裏側には天川橋(あまかわばし)と呼ばれる中央部が丸く上に曲がった竜山石の石橋があります。
江戸時代末期に城址に隣接する川に架かっていたものが移築保存されていますが、当時は城下町から街道として栄えたことを物語っています。

えきそば

えきそば

えきそば
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ラーメンや蕎麦は、全国どこでも食べられるお手軽フードですが、地方独特の違いもあって食べ比べも楽しいものです。
ここ姫路で市民のソウルフードとして親しまれているのが「えきそば」です。
もちろん駅以外でも食べることができ、戦後食糧難の時代、1949年に姫路で誕生しました。
日本で初めて「幕の内駅弁」を販売した会社が開発したものです。
まだ小麦粉が統制品で手に入りにくい時代で、代用品として、こんにゃく粉とそば粉を混ぜたうどんを思わせる麺が生まれたのです。
しかし日持ちが悪いため、中華麺用のかん水を混ぜるなど試行錯誤の結果、落ち着いたのは、和風の出汁で食べる中華麺です。
当初は駅の構内だけで販売していたので、「えきそば」と呼ばれ、そのままその名前が定着しました。
ミスマッチ食品ですが、ラーメンの食感が、関西風うす味の出汁によく合っていると評判です。また昨今のグルメブームでメディアの露出機会も増え、カップ麺もできました。
ホームで、電車の時間を気にしながら熱々の麺をすすっていた一時代前の旅を、駅そばを食べて体感してみませんか。

姫路セントラルパーク

ひめじせんとらるぱーく

姫路セントラルパーク
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姫路市内で、アフリカをはじめとする世界各地に生息する野生動物を目の当たりにできる複合型レジャー施設、それが姫路セントラルパーク、通称「姫セン」と呼ばれ、1984年にオープンしました。
総面積は190万平方メートル、甲子園球場48個分の敷地内には、190種類、1200頭羽(とうわ)の動物が飼育されている「サファリパーク」と、プールやアイススケートが楽しめる遊園地があります。
マイカーのまま回ることができるドライブスルーサファリでは、天気を気にすることなくトラやライオンといった猛獣や草食動物を間近に見ることができます。
また、日本では姫路セントラルパークでしか見ることのできない「ヌーの群れ」をすぐそばで目にするかもしれません。
ドライブスルーサファリを楽しんだあとは、ウォーキングサファリもおすすめです。
森の中を小動物や色鮮やかな鳥などに囲まれながらの散策や、エサやり体験は子どもたちの人気を集めています。
スカイサファリでは、ゴンドラに乗って高低差約41メートルの高さから、ラクダやサイ、シマウマといった動物たちを眺めることができます。
車の中や檻とは違って、鳥になった気分で見る動物もまた違った迫力がありそうです。

日本玩具博物館

にほんがんぐはくぶつかん

日本玩具博物館
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姫路市の中心から北部、のどかな平野部にあるのが、2016年12月に「ミシュラン・グリーンガイド」2つ星に選ばれた「日本玩具博物館」です。
現在は白壁土蔵の6棟に、日本の玩具6万点と海外160ヶ国から3万点、計9万点もの資料を所蔵し、延べ180メートルの展示ケースに常時5000点を陳列しており、わが国を代表する玩具博物館として知られています。
博物館を作るきっかけは、1963年に現館長の井上重義氏が偶然本屋で手にした1冊の本「日本の郷土玩具(著者 斉藤良輔)」でした。その本には日本の玩具が文化財として評価されず、少しずつ消えていることが記されており、誰かが未来の為に日本の伝統ある郷土玩具を残すべきであるという思いが募り、仕事の傍ら日本各地を行脚しました。そして収集した5,000点を展示するため、新築した自宅の一角に「井上郷土玩具館」を1974年に開館しました。それが大きく発展し、1984年には「日本玩具博物館」と改称しました。
土人形や張り子、木の玩具などの素朴な香りがする郷土玩具には、地域の文化が反映されています。またブリキやプラスチック製の近代玩具には懐かしさがあふれています。

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