世界屈指の銀山で知られた世界遺産
大森・石見銀山エリアの観光音声ガイド

大森・石見銀山エリア紹介
TOURIST Guide編集部
西貴輝

大森・石見銀山エリア紹介

おおもり・いわみぎんざん
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良質な銀の採掘地だった石見銀山(いわみぎんざん)は、島根県のほぼ中央にあたる静かな山間にあります。14世紀に銀が発見されて以来、ピーク時は世界の産出量の三分の一を占めた時期を含め、明治時代に廃坑になるまで鉱山の町として栄えてきました。2007年に、鉱山とともに歩んだ周辺の地域や施設などが、高い歴史的評価を受け世界遺産に指定されました。以来、当時の歴史や文化を伝える観光スポットとして脚光を浴びています。保存されている鉱山や博物館の様々な資料で当時の採掘作業を知ることができます。また銀山の管理運営にかかわった、武家や商家の家屋が立ち並ぶ大森地区の町並みは、往時の雰囲気をじっくり味わう場所に生まれ変わりました。広大なエリアではないのでレンタサイクルなどを利用してのんびり散策するのがおすすめです。


仁摩サンドミュージアム

A 仁摩サンドミュージアム

石見銀山公園

B 石見銀山公園

石見銀山

C 石見銀山

石見銀山資料館

D 石見銀山資料館

熊谷家住宅

E 熊谷家住宅

大森の町並み

F 大森の町並み

石見銀山世界遺産センター

G 石見銀山世界遺産センター

羅漢寺 五百羅漢

H 羅漢寺 五百羅漢

温泉津温泉

I 温泉津温泉

スポット紹介

仁摩サンドミュージアム

にまさんどみゅーじあむ

仁摩サンドミュージアム
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仁摩サンドミュージアムは、JR仁万駅から徒歩圏内にある博物館です。総ガラス張りの、大小6基のピラミッドが特徴で、時、砂、環境をテーマにしています。古代エジプト クフ王を祀るピラミッドにも琴ヶ浜海岸のものと質の近い鳴り砂が入っていたとのことで、博物館のデザインはピラミッド型です。
また原作コミックを基にした映画作品「砂時計」の舞台にもなった場所としても知られています。館内で最も目を見張るのが、「砂暦(すなごよみ)」と呼ばれ、高さ5.2メートル直径1メートルの容器に、重さ1トンの砂が入り直径0.84ミリのノズルから滴るように落下し、365日で下の容器にすべて落ちきる世界最大の1年計砂時計です。この砂時計を見ることで過去・現在・未来という時間を考えることもできます。また日本各地213点および世界各地から集められた砂93点の標本の展示や砂絵の体験コーナーもあり、親子で楽しめます。

石見銀山公園

いわみぎんざんこうえん

石見銀山公園
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石見銀山公園は大森地区の入り口にあり、観光案内所を併設した石見観光の拠点となる公園です。観光情報などをここで入手できますが、一人500円で地元ガイドが細かく案内してくれるワンコインガイドの利用がお奨めです。ガイドツアーは毎日午前と午後に1回ずつ組まれていて、ひとグループ20名以内、当日参加も歓迎でおよそ2時間かけて銀山跡や資料館、大森地区の町並みなどを丁寧に案内してくれます。自分たちの散策では気が付かなっかた意外な発見や、知られざるエピソードもたっぷり聞けるほか土産物のアドバイスまであって人気は上々です。またレンタサイクルや二人乗りの自転車タクシー「ベロタクシー」もそろっていてこちらも重宝です。

石見銀山

いわみぎんざん

石見銀山
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石見銀山は、戦国時代に発見されて以来およそ400年にわたって採掘がおこなわれました。発見当時は西日本の覇権を争う戦国大名によって争奪戦が繰り広げられ、江戸時代には徳川幕府の直轄地となりました。
最盛期には世界の銀の産出量のうち三分の一近くを、ここ石見が占めていたといわれています。このことからアジアとヨーロッパの経済・文化交流に、銀山が大きな役割を果たしていたことが伺えます。
石見銀山遺跡の最大の見所は、江戸時代初めに開発された600㍍にも及ぶ坑道「龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)」です。坑道内部の通路は大人がほぼ立って歩ける広さですが、鉱脈を追いかけて掘ったところは子どもでも狭く感じられます。壁面にはノミで掘った跡がそのまま残っており、排水のために垂直に掘られた竪坑も見ることができます。遺跡内には、手作業で採掘された痕跡が1,000か所以上確認されています。
かつて栄えた鉱山町は今日でも地域住民の生活の場となっており、鉱山遺跡と豊かな自然環境が一体となって文化的景観が作り出されています。こうした背景には、自然と共生して鉱山運営がおこなわれてきたことがあり、それが2007年に世界遺産に登録された理由のひとつにもなりました。

石見銀山資料館

いわみぎんざんしりょうかん

石見銀山資料館
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石見銀山資料館は、江戸時代に銀山を管理していた代官所の跡地にあります。明治35年に建てられた地域の役所を利用して、昭和51年に石見銀山の歴史や文化を紹介する資料館として開館しました。銀山に伝わる歴史資料、鉱山資料、鉱物標本など300点余りが展示されており、石見銀山の全体像を知るうえで貴重な資料館です。
銀山を見る前にここに立ち寄って予備知識を得て見学するのもお勧めです。
ここでは銀山の発見から争奪戦を経て、徳川幕府が天下統一してからの銀山支配のプロセス、さらに生産量の減少から閉山に至るまでの流れがつかめます。また、石見銀山の採鉱から製錬にいたる銀生産の過程や、鉱山の経営や技術も、当時の鉱山道具や絵図面などを通じてうかがい知ることができます。石見銀山で採取された銀鉱石、銅鉱石をはじめ、全国各地の鉱山の特徴的な鉱物も展示されています。
入口にある表門と門長屋は、代官所時代の全国的にも希少な建物です。裏庭には2つの抜け穴があり、百姓一揆などに備えた代官の逃げ道であったと伝えられています。

熊谷家住宅

くまがいけじゅうたく

熊谷家住宅
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熊谷家住宅は。歴史的建造物が立ち並ぶ大森地区のなかで、ひと際目立つどっしりした白壁の建物です。熊谷家は先祖は毛利家の家臣でしたが、江戸時代の中頃、大森地区で商人として熊谷家を世襲したことが成り立ちです。450坪余りの敷地に5つの蔵を抱えた一部2階の家屋は石見銀山(いわみぎんざん)の有力商人にふさわしい威厳があり重要文化財にも指定されています。内部は続き間の座敷や豪華な作りの部屋が揃い、居住だけでなく公的な集まりや宴席にも利用されていたことを窺わせます。また数々の生活道具や衣類なども保存されていて当時の生活様式の一端を知ることができます。熊谷家は銀山の経営以外にも酒造りを営んでいました。蔵人として雇われた使用人たちが使っていた器などの什器も展示してあり、そこから見える生活ぶりの違いは興味深いものがあります。また当時の生活の一部を知るために電気を一切使わないで米を炊いたり、板とたらいで洗濯する体験講座もあり、一つの時代を知る学習の場にもなっています。

大森の町並み

おおもりのまちなみ

大森の町並み
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石見銀山の繁栄時代の面影を残すのが大森の町並みです。
江戸時代に銀山の支配を担った代官所の跡地には、その歴史を今に伝える資料館が建っています。国の重要文化財である熊谷家住宅は、御用商人としての往時の勢いを誇示するかのような存在感があります。大森の氏神である城上神社の天井には「鳴き龍」が描かれており、その下で手を叩くと、まるで龍が鳴いているように聞こえてきます。
これらを含むおよそ800メートルの町並みは、武家や町家、寺社仏閣が立ち並んだ江戸時代の風情とともに、昔懐かしい日本の原風景を感じさせます。とくに町並みの中ほどにある観世音寺からは、艶やかな黒瓦とこの地域独特の赤褐色の石州瓦の家並みが一望できます。こうした瓦のコントラストと周囲の山々の緑が織りなす景観には、しばし目を奪われずにはいられません。
また、散策の途中で古民家を改装したカフェで寛いだり、土産物を物色したりと、のんびりといろいろなお店に立ち寄りながら町歩きを楽しむこともできます。

石見銀山世界遺産センター

いわみぎんざんせかいいさんせんたー

石見銀山世界遺産センター
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石見銀山世界遺産センターは、世界史的な意義付けや鉱山技術の変遷などに関する展示や、調査研究、資料収集、情報発信を行う複合施設です。
歴史で興味深いのは石見の銀が戦国時代後期にはすでに海外でも広く知られ、東西交易に大きな役割を果たしていたことです。
また精錬による商品化と運搬、それに関わる住民の生活など、銀を中心とした社会の営みの歴史を映像資料や復元模型などもまじえて解説しています。
さらに、石見銀山で最大規模を誇る「大久保間歩(おおくぼまぶ)」の見学も行っています。
大久保間歩は、江戸時代の石見銀山初代奉行大久保長安(おおくぼながやす)の名に因んだものですが、高さは最大で20メートルと大迫力の地下空間で、むき出しの岩肌が往時の鉱山活動の一端を物語っているようです。
また、低融点合金(スズ40ビスマス60)を使った「丁銀(ちょうぎん)」といわれる昔の銀貨幣をつくる体験も出来ます。
丁銀は室町時代から江戸時代に流通していた貨幣です。低い温度(138℃)で溶ける金属を型に流し固めます。
本物さながらの「いぶし銀」の様な魅力があると評判です。

羅漢寺 五百羅漢

羅漢寺 五百羅漢

羅漢寺 五百羅漢
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五百羅漢が安置されている羅漢寺(らかんじ)は、江戸時代に造られたアーチ型の石橋を渡ったところにあります。
建立は1700年代半ばで、銀山で働き亡くなった人や先祖の霊を供養するために商家や農民らの寄進で500体の羅漢像が作られ、それらを安置するために造られました。
寺の斜面に三つの石窟があり、中央には釈迦三尊仏(しゃかさんぞんぶつ)が座し、両脇には250体ずつの羅漢像が置かれています。
石窟の外側の岩は苔生し風雪の流れを感じさせます。
羅漢像は40センチ前後、喜怒哀楽の様々な表情で格好もすべて異なります。
お参りすれば、自分や家族、あるいは亡くなった先祖に似た表情に必ず会えるという言い伝えもあり参拝者は今でも後を絶ちません。
一方で鉱山で採掘に従事する人たちは、狭い坑道の重労働で足腰を痛めたり呼吸器系の病気を患うことも多く、短命で生涯を終えるのが普通でした。
このため仏教の教えを広めつつ、過酷な環境に置かれた人々の心を救済し、それによってこの地の安定を図る、人々の心のよりどころという役割もありました。

温泉津温泉

ゆのつおんせん

温泉津温泉
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温泉津温泉は日本海に面した小さな入り江にひっそり佇む温泉町です。石見で産出された銀の積出港だったことから世界遺産の一部に含まれています。
温泉が発見されたのはおよそ1300年前で、旅の僧が湯につかり傷を治しているタヌキを見つけたのが始まりと伝えられています。
全国の温泉街として初めて指定を受けた重要伝統的建造物群保存地区を象徴するように、赤褐色の石州瓦に覆われた古風な町並みが独特の存在感を示しています。山陰屈指の名湯と評価されていますが、宿は10件ほどと小規模ながら2軒の外湯が好評です。温泉は、泉質と薬効には定評があり、湯治目的で訪れる人も少なくありません。さらに健康増進を目的とした観光客向けのオリジナルイベントとして、温泉ヘルスツーリズムがあります。銀を積み出し港まで運んだルートを整備し月替わりに定めたコースを歩いてもらう企画です。
また毎週土曜日夜「龍御前神社(たつのごぜんじんじゃ)」に奉納される石見神楽(いわみかぐら)はその迫力に圧倒されます。温泉津温泉にご宿泊の際は、石見地方ならではの伝統芸能をお楽しみください。

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