活気あふれる副都心、昼夜を問わず賑わう街
「新宿・四谷エリア」の観光音声ガイド

新宿・四谷エリア紹介
TOURIST Guide編集部
渋谷朋子

新宿・四谷エリア紹介

しんじゅく・よつやえりあしょうかい
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東京副都心・新宿。鉄道各路線が乗り入れる新宿駅は、一日当りの乗降客数が350万人余りと、日本一の多さを誇ります。歓楽街と、超高層ビルが林立するオフィス街が揃い、昼夜を問わず活気に満ちた街が形成されました。
また東京都政を司る都庁は高層ビル群の一角にあり、高さ202メートルの展望台からは、昼は関東平野を一望し、夜は星のごとく輝く、華やかな夜景の世界へと誘ってくれます。
日本一の歓楽街・歌舞伎町は、映画や演劇など娯楽産業の中心地でしたが、時代の変化に呼応して新しいエンターテインメントを発信しています。
そんな都心にありながら、自然豊かな新宿御苑などの公園は、くつろぎの空間を提供し、歴史ある神社は、大都会に住む人々の、生活の拠り所であり続けています。
再開発が進む中、昭和の名残を感じさせる「思い出横丁」や「ゴールデン街」は、物珍しさで外国人観光客も多く訪れるようになり、来る人を惹きつける社交の場となっています。


バスタ新宿

A バスタ新宿

新宿歌舞伎町

B 新宿歌舞伎町

サムライミュージアム

C サムライミュージアム

新宿東宝ビル

D 新宿東宝ビル

新宿御苑

E 新宿御苑

新宿ゴールデン街

F 新宿ゴールデン街

思い出横丁

G 思い出横丁

新宿中央公園

H 新宿中央公園

新大久保コリアンタウン

I 新大久保コリアンタウン

新宿十二社熊野神社

J 新宿十二社熊野神社

消防博物館

K 消防博物館

東京おもちゃ美術館

L 東京おもちゃ美術館

民音音楽博物館

M 民音音楽博物館

平和祈念展示資料館

N 平和祈念展示資料館

スポット紹介

バスタ新宿

ばすたしんじゅく

バスタ新宿
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新宿駅南口地区基盤整備事業の一環として完成したのが、新宿高速バスターミナル、愛称バスタ新宿で、2016年4月から運用を始めました。
高速道路網が整備され、航空機や新幹線より安価で移動できる高速バスの人気は上昇していましたが、発着路線が多い新宿駅周辺の乗り場は分散しており、利用者にとってわかりづらいものとなっていました。この課題を解消すべく、整備されたのがこのバスタ新宿です。
バスタ新宿からは39都府県の300都市を結び一日の発着便数は1,500便以上です。特に長距離夜行便は、深夜に出発して翌朝目的地に到着するため時間とお金を有効活用したい旅行者には好評です。
高速バス車両は現在、車内の快適さを追求し、設備や機能性がどんどん進化され、旅客機のビジネスクラスを思わせるデラックスな座席も登場しています。
次の旅行はヤングからシニア層までゆったり寛いで乗車できる高速バスで出かけてみませんか?

新宿歌舞伎町

しんじゅくかぶきちょう

新宿歌舞伎町
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言わずと知れた日本最大の歓楽街「新宿歌舞伎町」。
なぜ伝統芸能の歌舞伎の名前がついたのか、終戦直後に遡ります。焼け野原と化した新宿の一角の再生プランとして、歌舞伎座の誘致を目指し、芸能関連施設を中心とした街づくり計画がまとまりました。
この時に歌舞伎町と命名されましたが、経済混乱による建築規制で計画は白紙撤回となってしまいました。昭和31年になって新宿コマ劇場や日本最大の映画館を併設した東急文化会館が完成しました。
バブル崩壊後、レジャーは多様化され街並みは一変しましたが、3,000軒近くの飲食店や遊技施設などが埋め尽くす通りは、さながら不夜城の雰囲気です。
一方で歓楽街につきものといわれる治安の問題も、官民挙げての取り組みにより、健全な社交の街としての歩みを続けています。
場所柄、昼間より夜に賑わいを見せますが、靖国通りを挟む向かい側から見える、煌々と輝くネオンには目を奪われます。

サムライミュージアム

サムライミュージアム
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日本の歴史の一時代、700年間にわたり社会の中核を担ったのが武士、すなわちサムライです。
武士道や葉隠など、自戒や自立に基づき、死生観にも美学を持つ思想は、今を生きる日本人にも分かりづらいものがあります。実際に衣装を身に着け、模造刀(もぞうとう)と呼ばれる刃のない「刀」に触れて体験できる博物館「サムライミュージアム」は、歌舞伎町の一角に2015年に誕生し、外国人に絶大な人気を誇っています。
館内に入ると、数々の甲冑(かっちゅう)が迫力満点で並んでいます。兜だけでも3キログラム前後、鎧など完全装備をするとおよそ30キログラムの重さになります。
2階に進むと、純和風の畳敷きの部屋があり、刀、槍、火縄銃など、戦国の武器を展示しています。刀を使った「殺陣(たて)」のショーや兜を付けたり羽織を羽織る貴重な体験は、スマホカメラで思い出に残しましょう。
また武士の嗜みである書道や、「日本刀」の歴史や刀剣の魅力が伝わる講演も開催されていますので、興味がある方は事前の予約をお忘れなく。
心に刻む無形の日本土産、それが「サムライ・スピリット」です。

新宿東宝ビル

しんじゅくとうほうびる

新宿東宝ビル
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新宿東宝ビルは、かつて歌舞伎町のランドマークであった新宿コマ劇場跡地に2015年の春、誕生しました。高さ130メートル、31階建てで、シネマコンプレックスのTOHOシネマズ 新宿やホテルグレイスリー新宿、ショップやレストラン、アミューズメント施設などが入った大型複合施設です。
8階の屋外テラス内に設置された「ゴジラヘッド」は、実寸大で圧倒的な存在感。
今や歌舞伎町のシンボルとなっています。
このゴジラは毎日吠えるイベントタイムがあり、話題にもなりました。
TOHOシネマズ 新宿では「アトラクション型4Dシアター“MX4D®”」があり、映画の世界を体感できます。
シーンにあわせて座席が動くだけでなく、風や香りを感じ、時には首筋に何か触れているような感覚もあり、あたかも画面の中にいるような、リアルな臨場感と迫力を味わえます。
五感で捉えるスクリーンの世界、映画は見る物から体感する時代に移ったのでしょうか。

新宿御苑

しんじゅくぎょえん

新宿御苑
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新宿御苑は、大都会・新宿にあってオアシスのような緑豊かな公園です。
1906年(明治39年)に皇室庭園として完成したときに、新宿御苑と命名されました。
戦後、国民公園として一般公開され、都民や観光客らの憩いの場となっています。
広さは東京ドームほぼ12個分の58.3ヘクタールで様式の異なる三つの庭園を巧みに配置しているのが特徴です。
池の周囲を散策しながら異なる景観を楽しむ回遊式(かいゆうしき)の日本庭園は、背後の樹木やその後方のビル群が、都会と自然をうまく調和させています。
広大な芝生を敷き詰めた風景式庭園は、ロンドン郊外の公園を思わせるような、緑の空間が癒しの場を作っています。
またプラタナスの並木が連なる整形式庭園は、ヨーロッパの季節をイメージできる雰囲気があり、豊かな国際色に触れられるのも魅力です。
庭園内には約一万本の樹木が植えられ、落ち着いた空間を創り出しています。

新宿ゴールデン街

しんじゅくごーるでんがい

新宿ゴールデン街
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新宿ゴールデン街は、新宿歌舞伎町の一角、わずか50メートル四方の敷地に、280以上のバーや居酒屋などが軒を連ねています。
戦後の闇市を追われた人たちが木造の長屋を建てて住んでいました。湧いては消える再開発の動きに翻弄されながら、昔ながらの佇まいが残っています。
ほとんどのお店が4~5坪の手狭な広さで、お客同士の肩肘が触れ合うこともあり、常連一見を区別せず受け入れる垣根の低さが、和気あいあいとした雰囲気を作ってきました。
個性的な客層が多く、作家や編集者、出版関係者、映画演劇の監督、俳優ら制作関係者が集い、時には熱い議論を戦わせることもあるそうですが、最近は外国人旅行者同士が情報交換をする場としても知られています。
気取らず、そして文化の香りも漂うディープな街で、ノスタルジックな夜を楽しんでみませんか。

思い出横丁

おもいでよこちょう

思い出横丁
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新宿駅西口の線路ガード沿いに並ぶ狭い通り、灯る赤提灯やネオンに人が引き寄せられるように訪れ、暖簾をくぐる店が並びノスタルジーを感じる路地、それが思い出横丁です。
戦後の焼け野原に露天商や闇市が建ち、板壁一枚で区切られた店舗で、日用雑貨や統制品など、あらゆる品物が売られていました。
その後は区画整理や開発などで立ち退きとなり、現在の規模になったのです。今も店同士を隔てるのは壁一枚と、当時と様子は変わりません。
また戦後の物資統制の時代、進駐軍が放出した牛や豚のモツ類は、入手が比較的容易だったことで、もつ焼きが繁盛しました。
居酒屋や食堂に混じって、もつ焼きや焼き鳥が多いのもその名残だと言われています。
現在は飲食店、チケットショップ、雑貨など80余りの店舗が狭い路地を挟んで並び、女性や外国人観光客にも人気です。

新宿中央公園

しんじゅくちゅうおうこうえん

新宿中央公園
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新宿駅西口の超高層ビルが林立する一帯は、かつては淀橋浄水場という大規模な浄水施設がありました。
昭和30年代に、この地区を副都心として開発する計画がまとまり、浄水場の東村山市移転で、跡地に誕生したのが高層ビル街です。
公園は、広さが8.8ヘクタールと東京ドーム二個分より少し小ぶりで、建設中のビルに先駆け、1968年に完成しました。園内にはケヤキや桜などの樹木が植えられ、敷き詰められた芝生と合わせ、ビル街には貴重な緑のエリアとなっています。
子供向けのちびっこ広場は、各種遊具のほか、夏場は思いっきり水遊びが楽しめるジャブジャブ池が開設されます。
また癒しと清涼感に満ちた「ナイアガラの滝」を含む水の広場は、かつての浄水場の名残でしょうか。
そのほかバスケットゴールやランニングなど、スポーツで軽く汗を流す多目的運動広場や、有料のフットサル施設、それに時折り開かれるフリーマーケットなど通年で賑わう公園です。

新大久保コリアンタウン

しんおぽくぼこりあんたうん

新大久保コリアンタウン
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アンニョンハセヨ!新大久保コリアンタウンは最大の繁華街、歌舞伎町からほど近い場所にあります。新大久保は、国内では大阪の鶴橋に次ぐ規模のコリアンタウンです。
新大久保駅から大久保通りに出ると、目に映るのは、ハングル文字の看板、チーズドックや韓流スターのポスターに、聞こえるのはK-POP。
レストランやカフェ、そして通りに立ち並ぶ沢山のショップには、コスメから小物アクセサリー、えごま油や韓国のりなどの食品まで勢ぞろい。韓国旅行の気分をたっぷり味わうことができます。
韓国ドラマや新たなアイドルが登場し、関連グッズやCDも豊富に揃っていることでも人気を集めています。
最近では、中東やネパール、さらにベトナムのレストランや食材店などが進出してきました。
特に新大久保の一角には、ハラルフードを扱う店舗などが集まるイスラム横丁もあります。
活気に満ちた路地裏に漂うスパイシーな香りは、どこの国かを考えるより「アジアは一つ」と思わせてくれます。
多文化共生(たぶんかきょうせい)の街・新大久保、国際都市・東京のもう一つの顔になってほしいですね。

新宿十二社熊野神社

しんじゅくじゅうにそうくまのじんじゃ

新宿十二社熊野神社
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副都心を象徴する高層ビル群の中、閑静に佇むのが、新宿十二社熊野神社です。
室町時代の1400年前後に熊野三山の神官を務める家柄の鈴木九郎(すずき くろう)が自信の産土(うぶすな)の神である十二所権現(じゅうにしょごんげん)を祀るために創建したと言われています。
入口は新宿中央公園の端にあり大鳥居が迎えてくれます。
大鳥居越しに本殿が控えており、都心に佇みながらも落ち着きのある空間です。
さらに本殿の背後には高層ビルがそびえ奇妙な好対照を描いていますが、歴史や伝統とモダンさが混在する大都市・東京ならではの光景です。
神社が最もにぎわうのは毎年9月に行われる例大祭です。
日本有数の繁華街「新宿」の守り神として、ビル街を氏子に担がれた神輿が練り歩く光景は、残暑の風物詩です。
また熊野三山を頂点に、全国にはおよそ3,000の熊野神社がありますが、新宿と同様に紀州人らに関わりがありました。
そして面白いことに、現在の和歌山県海南市(かいなんし)を出身とする彼らの名字は「鈴木」が多く、日本で最も多い「鈴木さん」のルーツと熊野神社は深い繋がりがあると言われています。

消防博物館

しょうぼうはくぶつかん

消防博物館
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「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉にあるように、江戸は火災の多い街でした。
当時は武士と町民は役割が分かれ、町火消(まちびけし)と言われた消防組織があり、火が出ると延焼を防ぐため、隣の家を壊す「破壊消火」という消火方法でした。
纏持ち(まといもち)は猛火の中、纏を持って屋根にのぼり、火事をくい止める最前線として活躍していました。
その後、近代消防へ変化していくプロセスをつぶさに見せてくれるのが1992年(平成4年)に開館した、東京消防庁の施設、消防博物館です。玄関を入ると1980年代前半まで活躍した消防ヘリに迎えられます。
そして目を引くのが歴代の消防ポンプ車です。
大正時代の輸入車に始まり昭和、平成と三代にかけて活躍した車両で、都市化による火災現場の多種多様化に合わせ車両も進化していくのがよくわかります。また消火活動だけでなく自然災害などによる救助活動にも大きな役割が求められ、現場で使われる最新の装備や機材は大いに見学者を惹きつけています。
同時に実際の災害映像を展示して、日常の防災意識を高めるよう呼び掛けています。

東京おもちゃ美術館

とうきょうおもちゃびじゅつかん

東京おもちゃ美術館
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東京おもちゃ美術館は1984年に中野で創立後、廃校になった旧新宿区立四谷第四小学校に移転し2008年に開館しました。
0歳から100歳の多世代交流の館として、親と子が一緒に楽しめる美術館です。
館内に展示するおもちゃは、「子どもが初めて出会う芸術作品」という考えに基づいており、テーマの異なる9つの展示室に、見て触れるように置かれています。
入館して一番初めにある「グッド・トイ展示室」では、国内外の様々な素材のおもちゃの中から毎年選定される“子どもの成長に役立ち将来にも残すべきおもちゃ”が、過去のものと合わせ120点余り展示されています。
1階の「赤ちゃん木育ひろば」や2階の「おもちゃのもり」では、「木育(もくいく)」という概念をベースに、木の香りや感触を存分に体感することができます。「おもちゃのもり」の中心には、鳥かごをイメージしてつくられたセンターハウスがあり、ヒノキや広葉樹で作られた『どんぐり池』や『木の砂場』で、体を埋めてその香りや感触を楽しめます。
「見る」「触る」「作る」「学ぶ」の体験を通し、想像力を働かせながら、おもちゃでコミュニケーションを育むことのできる場所です。

民音音楽博物館

みんおんおんがくはくぶつかん

民音音楽博物館
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民音(民主音楽協会)は1963年に創立され、創立10周年を機に音楽資料館を開設し2004年に資料館を博物館と改め、現在にいたっています。
所蔵品は世界中から集めた古典ピアノや民族楽器、蓄音機やオルゴールなどの自動演奏楽器、それに資料としてレコード、CDなどの音楽ソフトや楽譜、関連書籍など総数30万点にも及びます。
そしてショーケース越しに展示品を見るのではなく、当時の音を生で聞いてもらうことが趣旨で、例えば16世紀末のチェンバロも調律されて聞けるため、一般市民は聞けなかった当時の宮廷音楽に浸ることができます。
また直径が40センチから50センチメートルの金属板が回転し、不規則に彫った突起が美妙な音色を奏でるディスクオルゴールは、大人の背丈ほどの飾り棚に収納され、高級な家具を思わせる外観です。
さらに世界各地の音楽を奏でた民族楽器は、世の東西や時代を問わず音楽が人々の生活に密着していたことを窺わせます。

平和祈念展示資料館

へいわきねんてんじしりょうかん

平和祈念展示資料館
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東京、新宿副都心、西口高層ビル群のひとつ、新宿住友ビル33階。そこには、日本が経験した戦争を目の当たりにできる場所があります。
先の大戦がもたらしたたくさんの悲劇について知ることができる場所です。
臨時召集令状、いわゆる赤紙が届き、国のために家族を残し、危険な戦地に向かった兵士たちや、戦争が終わったにもかかわらず、冬はマイナス50度にもなるシベリアやモンゴルなどの地域で、劣悪な生活環境の中、わずかな食事で過酷な労働をさせられていた抑留者たちや、終戦後、海外で生活のよりどころを失い、命からがら日本に帰ってきた引揚者たちの苦しくつらい体験を物語る資料が展示されています。
戦争体験者による語り部お話し会も定期的に行われています。
夏休み期間などには、お芝居や映画上映などの企画もあります。
日常からちょっと離れて、戦争や平和について、そして未来について考えてみませんか。平凡な毎日が宝物に見えてくるでしょう。
平和祈念展示資料館の入館は無料です。

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