進化し続ける個性派商業施設から浪速の古刹まで
梅田エリアの観光音声ガイド
梅田エリア紹介
道頓堀があるミナミに対し、キタと呼ばれる梅田エリア。交通機関はJR、地下鉄、阪急、阪神が交差し、各駅はすべて巨大な地下街でつながっています。その枝葉の先には阪急、阪神、大丸の三大百貨店を筆頭に、大阪ステーションシティ、グランフロント大阪など個性的な大型商業施設が構え、地上では昼と夜で表情をがらりとかえる商店街が人々の食欲を満たします。
しかし、梅田はそれだけではありません。繁華街から東へ15分ほど歩くと、昭和な町並みに古民家を再利用したおしゃれな店が溶け込む中崎町(なかざきちょう)や、弘法大師創建の名刹、太融寺(たいゆうじ)。地下鉄でひと駅行くと「天満(てんま)の天神さん」で親しまれる大阪天満宮(てんまんぐう)など、歴史ある見所も点在。1日で終えるには飽き足らないエリアです。
A 大阪ステーションシティ
B 梅田スカイビル
C グランフロント大阪
D 阪急三番街
E HEP FIVE
F 茶屋町
G 綱敷天神社 御旅社
H 露天神社(お初天神)
I 太融寺
J 天満天神繁昌亭
K 大阪天満宮
L 中崎町
A
大阪ステーションシティ
おおさかすてーしょんしてぃ
大阪ステーションシティは、2011年にオープンしたJR大阪駅の5代目駅ビルです。最大の特長は、頭上を斜めに覆う大屋根。上部は山なり、下部は弓なりの曲線を描き、重さは3,500トンあります。この前代未聞の巨大な屋根を支えているのが、ノースゲートビルディングとサウスゲートビルディング。北側の「ルクア大阪」、南側の「大丸梅田店」を筆頭に複数の商業施設が集まり、食事や買い物の場所に事欠きません。
また、屋上庭園の「和らぎの庭」「風の広場」「太陽の広場」は、いずれも無料の休憩兼展望所。夜景スポットとしてもおすすめです。これらの庭園は緑化を促すエコ活動の一環でもあり、ほかにも太陽光発電や風力発電、雨水を浄化処理してトイレの水として再利用するなど、環境保全に力を入れています。
駅ビルとしては珍しいガイドツアーも行われており、専属ガイドによるウォーキングツアーのほか、音声機器の貸し出しもあり、ともに有料。3階のインフォメーションで対応しています。
B
梅田スカイビル
うめだすかいびる
ふたつの建物が屋上でつながり、アルファベットの「U」の字を逆さまにしたように見える梅田スカイビル。93年の建設当時は、この建築方式は世界初の連結超高層建築といわれました。
最大の見所は、空中庭園。地上173メートルで屋外に出られる展望台です。タワーウエスト27階には、3D眼鏡をかけ絵画の世界に入り込むところからはじまる体感型ミュージアム「絹谷幸二(きぬたにこうじ) 天空美術館」もあります。地下には「滝見小路」と名づけられた飲食街。昭和の町並みを再現してあり、街角の交番からトイレにいたるまで非常に凝った造り。食事をせずとも1度覗いてみて損はありません。また、近代的な建物でありながら「自然」もここの名物。北側に広がる「新・里山」、南側の「中自然の森(ちゅうしぜんのもり)」、東側には高さ9メートルの巨大な緑の壁、「希望の壁」がそびえています。
普通の観光でもの足りない人には有料のガイドツアーがおすすめです。普段は関係者しか使用できない地上87メートルの空中ブリッジや、「マシン・ズー」と呼ばれる機械室を巡りながら、スカイビルの開発秘話を聞くことができます。
C
グランフロント大阪
ぐらんふろんとおおさか
2013年にオープンした複合商業施設で、JR大阪駅北側の再開発エリア、通称「うめきた」に位置しています。
近隣には阪神、阪急、大丸という3つの百貨店に加え、ルクアや地下街など非常に多くの商業施設が密集していますが、このグランフロント大阪がそれらと異なる特徴はふたつあります。
ひとつは、北館6階の「ウメキタフロア」。
館内にありながら深夜4時まで営業している、いわばフードコートの進化系。各飲食店の「外」に設置された共用テーブルにつき、好きなものを好きな店から注文するシステム。
おいしいワインをこっちの店から、2杯目の日本酒はあっちの店から、と腰を落ち着けた「はしご酒」ができます。ふたつめの特徴は、北館の「ナレッジキャピタル」。
ハウスメーカーからウイスキーの会社まで大手企業がショールームを設け、見る・買うというよりは「楽しみ」に特化したつくりです。
なお、各階に休憩する場所は多くありますが、とりわけ南館3階には女性専用の区画が設けられており、パウダールームも完備されています。
D
阪急三番街
はんきゅうさんばんがい
大型商業施設が幾つも集まる梅田の地で、とりわけ通勤・通学で毎日のようにここを行き交う地元の人に愛されているのが、阪急三番街です。三番街という名前は、開館当時の住所「3番地」と、阪急梅田駅に神戸線、宝塚線、京都線の三つの幹線が集結することから、「三番街」とつけられました。
一部を除き出入り口に扉はなく、阪急梅田駅の改札から流れるように各フロア、屋外へとつながる造りが特徴です。ファッション関連の店舗は主に女性向け。北館には玩具や手芸用品、画材から楽器にいたるまで、暮らしにまつわる店舗が入っています。また、約1,000席のUMEDA FOOD HALLをはじめ、多くの飲食店が軒を並べ、食事処には困りません。さらにアルコールも取り扱うスーパーや、和菓子・洋菓子店もあるため、ここで各種手土産が揃います。
南館1階の東側通路は「阪急古書のまち」。古本というよりは古書という言葉がふさわしい、今時珍しい古本屋街です。北館1階の通路に設けられた「HANKYU BRICK MUSEUM」もぜひご覧ください。おもちゃの枠を越えたレゴの作品で、大人も子供も楽しめます。
E
HEP FIVE
へっぷふぁいぶ
まっ赤な観覧車が目印のヘップファイブ。地下2階、地上9階には10代から20代向けのファッションブランドをはじめ、雑貨や飲食店にいたるまで、およそ170店舗が入っています。
梅田を象徴する赤い観覧車は、建設当時、運営会社が若者に「梅田に欲しいものは何か」と尋ねたところ、「遊園地」と答えた人が多く、観覧車にいきついた、という逸話があります。1周15分の空中散歩は、最も高いところでおよそ106メートル。
JR大阪駅の大屋根や大阪城も見渡せます。
8階の「ヘップホール」は、小劇団の芝居小屋として知られており、演劇やお笑い、時には展覧会も催されます。
9階には、2018年秋にオープンしたばかりの「ブイアールゾーン オオサカ」。
特殊なゴーグルをつけてバーチャルリアリティの世界に入り込む新感覚のゲーム施設です。
周辺にはショッピングモールや映画館もあり、いつも多くの若者で賑わっています。
F
茶屋町
ちゃやまち
阪急梅田駅から道路を挟んだ東側一帯に広がる茶屋町。江戸時代から明治初期までこの辺りには旧能勢街道が通っており、3軒のお茶屋がありました。茶屋町の名はそこに由来するといわれています。
時を経て、現在は若者向けの商業施設をはじめ、個性的な映画を扱うミニシアター、劇場、関西のローカル放送局などが集まり、ファッションやアート、音楽などあらゆる文化の発信地となっています。週末になるとインストアライブやイベントが頻繁に催され、ここに来れば常にどこかで何かがやっている、というわくわくした活気に満ちるエリアです。
また、迷路のようにくねくねと曲がる路地には、近代的なビルに埋もれるように古い民家を改装した店もあり、路面店を眺めながら歩いてみると思いがけない発見があるかもしれません。明治からこの地を見守り続ける綱敷天神社(つなしきてんじんしゃ)の御旅社(おたびしゃ)もぜひお参りください。
G
綱敷天神社 御旅社
つなしきてんじんしゃ おたびしゃ
綱敷天神社は梅田に三ヶ所あり、神山町(かみやまちょう)の御本社、「歯の神様」として知られる角田町(かくだちょう)の歯神社(はじんじゃ)、そしてこの茶屋町に位置する御旅社の三社です。御旅社のご祭神は学問の神様である菅原道眞(すがわらのみちざね)公。すなわち「天神様」をお祀りしています。
「御旅所」という言葉をご存知でしょうか。祭りの際に本宮を出た神輿を迎える仮の休憩所で、京都などでよく見かけられます。一方、こちらの神社は「御旅所(おたびしょ)」ではなく「御旅社」。元々は神山町の御本社近くにあったものを、明治初期に茶屋町の氏神様としてお迎えしました。よって「仮」ではなく常に神様がここにいらっしゃるということで、「御旅社」と呼ばれています。
傍らの赤い鳥居の奥に佇むのは、玉姫稲荷神社。かつて、茶屋町には旧能勢街道が通っており、3軒の茶屋があったといわれています。玉姫稲荷神社は御旅社がこの場所に移る前から、ここの茶屋で働く女性の守り神として信仰されており、現在では縁結びのご利益を求め多くの女性がお参りに訪れます。
H
露天神社(お初天神)
つゆのてんじんじゃ(おはつてんじん)
露天神社よりも「お初天神(おはつてんじん)」として知られるこの神社。江戸時代中期、遊女「お初」と醤油屋の手代「徳兵衛」が天神の森で心中した話を、近松門左衛門が人形浄瑠璃「曽根崎心中」に仕立て、当時一大ブームとなりました。お初天神の名は実際にあったこの事件に由来します。
江戸時代に一躍有名になったお初天神ですが、創建は6世紀ごろまで遡ります。もともとは曽根崎一帯の氏神として親しまれ、ご祭神は「恵比寿の神」として知られるスクナヒコナノオオカミ(少彦名大神)と、「大国主(おおくにぬし)」のオオナムチノオオカミ(大己貴大神)のいわゆる「国づくりコンビ」。商売繁盛、病気平癒、国土経営の守護神です。江戸時代になると学問の神さま、菅原道真(すがわらのみちざね)公が加えられ、境内には天神さまにおなじみの牛の像も鎮座しています。さらに明治に入り、日本国の守り神、アマテラススメオオカミ(天照皇大神)と、五穀豊穣を司るトヨウケヒメノオオカミ(豊受姫大神)が崇められるようになり、限られた敷地内に強力な神さまが勢ぞろい。かつての悲恋の地も、現在では縁結びをはじめ、多様な願いを抱いて多くの人が訪れます。
I
太融寺
たいゆうじ
現在は街中にひっそりと佇んでいますが、太融寺はかつて非常に広大な敷地を有し、浪速の人々の厚い信仰を集める格式高い寺院でした。それもそのはず、ここは弘法大師 空海によって平安時代前期に創建された由緒あるお寺で、ご本尊は嵯峨天皇から贈られた千手観世音菩薩です。一願堂の不動明王は「一願不動」と呼ばれ、その名の通りひとつだけ願い事を叶えてくれるお不動さま。石仏の周りをぐるぐる回っている方を見かけたら、それはお百度参りをされています。
境内の見所は、九山八海(くせんはっかい)という枯山水庭園。仏教において世界の中心といわれる山を囲む9つの山と8つの海を表しており、置石で中まで入り込める珍しい造りです。ほかにも豊臣秀吉の側室 淀殿の墓所や、女性であればその隣にある縁結びの神さま、白龍大神(はくりゅうおおかみ)も是非お参りください。一方、これと対になる男性の縁結びの神さまは、龍王大神(りゅうおうおおかみ)。こちらはお寺の外、扇町通(おうぎまちどおり)」を東に向かい、神山(かみやま)の交差点を右手に折れた先、車道の真ん中に立つ大きな銀杏の木の下に小さなお社があります。
J
天満天神繁昌亭
てんまてんじんはんじょうてい
ここは上方落語専門の定席。昼席は週替わり、夜席は日替わりで毎日落語を上演しています。
新喜劇や漫才、落語など、大阪にはお笑いの劇場が他にもありますが、いずれもひとつの小屋で複数のジャンルを扱っているため、落語が聴きたい時に落語を上演しているとは限りません。落語専門の醍醐味は、いつ行っても落語が聴けること、そして大御所はもちろん、若い噺家(はなしか)さんとの出会いがあることに尽きます。
上方落語の特徴はなんといっても「落ち」。落語用語では「サゲ」といいます。江戸落語ではサゲがないまま、ぐいぐい聞かせる人情噺も好まれますが、上方では落ちがないと始まりません。また、上方落語はもともと大道芸に起源をもち、通りすがりの人々の注意を惹くために小拍子で見台を打ち、ハメモノと呼ばれる音楽を鳴らすなど、とにかく陽気で賑やか。江戸のそれよりも派手で目立つ点が特徴です。
笑いにこだわる大阪人を大笑いさせる繁昌亭。建設秘話として、目の前の大阪天満宮から土地を無償で提供されたことにより実現した経緯があります。落語の前後には感謝をこめてお参りしましょう。
K
大阪天満宮
おおさかてんまんぐう
京都の祇園祭、東京の神田祭と並ぶ日本三大祭のひとつ、天神祭で知られる大阪天満宮。梅の名所として、また学問の神様としてとりわけ受験生に人気です。創建は非常に古く、奈良時代の大将軍社という神社まで遡ります。そこへ菅原道真(すがわらのみちざね)公が立ち寄ったことがきっかけで、後に村上天皇が「天神様」を祀るべく大阪天満宮を建てました。もともとこの地にあった大将軍社は現在も摂社として祀られています。
1,000年以上もの間この土地を見守り続けてきた大阪天満宮は、江戸時代だけで少なくとも7回の火災に遭い、その都度再建されてきました。現在の本殿は1843年のもの。また、再建の度に氏子が各々の信仰を持ち込んだため、幾つもある摂社、末社には多様な神さまが祀られています。
境内をひと通りお参りしたら、北側にもお立ち寄りください。「星合(ほしあい)の池」と呼ばれる小さな池があります。池には梅をモチーフにした「的」が浮かんでおり、それに向かって「願い玉」を投げると願いが叶う、というもの。新しい願掛けスポットになりつつあります。
L
中崎町
なかざきちょう
昭和レトロな町並みを求めて多くの人がカメラ片手に訪れる中崎町。ここは、太平洋戦争末期の大阪大空襲で奇跡的に戦災をまぬがれた地域。このため、昔ながらの長屋や民家が多く残っています。一時は空き家だらけでしたが、2000年に入ると20代から30代の若者が、徐々に古い建物を生かした個性的な店を構えるようになりました。
中崎町は公共団体による町並み保存地区でもなければ、町おこしのような活発な運動もみられません。ただ、古い住民と新しくやってきた人たちが声をかけあい、ごく普通の近所付き合いを続けることで、廃れもせず、一時的にテーマパーク化することもなく、日々の生活の場として町が成り立っているのです。
ここでは「どこに何があるかわからない」を逆手にとり、「ここには何があるだろう」という好奇心で細い路地裏、曲がりくねった道の先まで歩いてみてください。
一方、中崎町駅の東側にある天五中崎通り商店街は、通称「おいでやす通り」。天神橋筋商店街の五丁目まで続くおよそ400メートルの商店街で、ここにも大阪の下町を垣間見ることができます。