現存する犬山城と生まれ変わった城下町
「犬山」エリアの観光音声ガイド

犬山エリア紹介
TOURIST Guide編集部
吉川雅子

犬山エリア紹介

いぬやま
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犬山城は、1537年に織田信長の叔父である織田信康が築城したもので、「日本100名城」にも選ばれています。木曽川沿いの標高80メートルほどの小高い山の上に築城されたお城で、川と山とお城という組み合わせは、日本のお城らしい姿を見せます。また、神社では縁結びで評判の三光稲荷神社が有名で、最近では「倍返し」になる「銭洗い池」なども話題になりました。また、城下町はその町並みが保存されており、電信柱をなくして電線などは地下を通しています。そのため、地上の通行がスムーズになり、観光客も年々増えています。町全体が活性化したことで、昼も見られる鵜飼や、一年中見られる犬山祭のからくり人形も好評です。夏には花火大会も行われ、木曽川に浮かべた船からも楽しめます。


国宝 犬山城

A 国宝 犬山城

三光稲荷神社

B 三光稲荷神社

城とまちミュージアム

C 城とまちミュージアム

からくり展示館(犬山市文化史料館別館)

D からくり展示館(犬山市文化史料館別館)

旧磯部家住宅

E 旧磯部家住宅

旧堀部家住宅

F 旧堀部家住宅

犬山城下町

G 犬山城下町

木曽川うかい

H 木曽川うかい

城下町グルメ

I 城下町グルメ

どんでん館・犬山祭

J どんでん館・犬山祭

スポット紹介

国宝 犬山城

こくほう いぬやまじょう

国宝 犬山城
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犬山城は、江戸時代までに建造されたお城の中で「現存天守12城」に数えられるお城です。1935年に国宝、2006年には「日本100名城」にも選ばれています。築城されたのは1537年で、標高80mほどの城山の上に建っています。木曽川のほとりということもあって、川と樹木と石垣、そして天守という風景は日本が誇る素晴らしい風景の一つです。この城山(しろやま)の上には1469年、応仁の乱の時にまず砦が築かれたといわれています。その後、1537年に織田信長の叔父である織田信康が築城したもので、北側の山の下に木曽川があることから攻めにくい位置づけになっているのが特徴です。1547年に城主の織田信康が亡くなると、犬山城を巡って争いがたびたび起こり、最終的に1617年、尾張徳川家の成瀬正成(なるせまさなり)が城主となり、現在の天守が形作られたと言われています。天守の高さは19メートルほどあり、外観は3層で内部は4層構造になっています。城山と天守を含めると100メートルほどの高さにもなり、いかにも攻めにくいお城といった印象があります。天守の内部には石垣を含めた地下部分もあり、そこからは石積みの様子や太い梁(はり)がどのように天守を支えているのかを見ることができます。

三光稲荷神社

さんこういなりじんじゃ

三光稲荷神社
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三光稲荷神社(さんこういなりじんじゃ)は、犬山城がある城山の麓にある神社です。創建は1586年とも言われており、当初は犬山城内にありましたが、1964年に現在の場所に移築されました。江戸時代以降は犬山城主となった成瀬氏の守護神とされ、御祭神(ごさいじん)は宇迦御魂大神(うかのみたまのおおかみ)で、特に「縁結び」のご利益があるといわれ信仰されています。境内にはピンク色のハート形をした絵馬が鈴なりになっており、その先に真っ赤な鳥居が連なっています。その先には本殿がありますが、その手前に銭洗稲荷(ぜにあらいいなり)があり、お金を洗うことができます。その池がお金が何倍にもなって返ってくるという、倍返しの「銭洗い池」です。ただし手順が定めらており、まずろうそくを買い、社務所(しゃむしょ)で借りたざるを持ってろうそくの灯りを稲荷神社に捧げた後に、ざるにお金を入れて洗い清める、となっています。恋愛成就や商売繁盛は永遠のテーマであり、両方の信仰を集めているのが三光稲荷神社の特徴です。

城とまちミュージアム

しろとまちみゅーじあむ

城とまちミュージアム
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城とまちミュージアムは、犬山城と城下町をつなぐ資料や情報をまとめた施設です。犬山城の武家文化と、城下町の町人文化の両面を紹介しているミュージアムになっています。見どころは、江戸時代の城下町を再現した巨大なジオラマで、1840年頃に行われた犬山祭りの様子を見る事ができます。旧犬山城主の成瀬家由来の美術工芸品も展示されています。犬山は、江戸時代とほぼ同じ区画のまま城と城下町が残っているのが特徴です。実際に犬山の町を歩いてみると、城下町の作りがよく分かります。たとえば路地が一直線でなく、鍵のように直角に曲がっているところがいくつかあります。これは、そこに木戸があった場所で、敵の侵入を阻むため意図的に道を二回直角に曲げて、いったんここで通行を改めていたことが分かります。また、町の中央に町人の住まい、その外側に武家屋敷という構成になっており、外部から攻められたときには町人も含めて守るというレイアウトになっていることが分かります。このミュージアムで犬山城や城下町の歴史を知り、その上で城下町を歩くと、当時の町民の生活などに思いを馳せることができるでしょう。

からくり展示館(犬山市文化史料館別館)

からくりてんじかん(いぬやましぶんかしりょうかんべっかん)

からくり展示館(犬山市文化史料館別館)
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からくり展示館では有名な「茶運び人形」をはじめ様々なからくり人形を見ることができます。また工房も設置されているので、九代玉屋庄兵衛(きゅうだいたまやしょうべい)による「からくり細工」の実演も見られます。からくりには、「山車(だし)からくり」と「座敷からくり」の二種類があります。座敷からくりは比較的近くで見ることができますが、通常、山車からくりは車山(やま)の上ということもあって近くで見ることができません。このからくり展示館ではめったに間近で見る事ができない「山車からくり」をすぐそばで鑑賞することができます。また、体験からくりコーナーでは自分でからくりを操作できるようになっており、その精密な造りを体感できます。どのからくりも人工知能やコンピューターを組み込んでいるわけではありませんが、最新のロボットを彷彿とさせるような高度な動きを見せ、古くからのからくり細工の緻密さが分かります。

旧磯部家住宅

きゅういそべけじゅうたく

旧磯部家住宅
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旧磯部家住宅(きゅういそべけじゅうたく)は、犬山城の城下町にある江戸期の建築様式による木造家屋です。犬山市内の町家(まちや)で唯一現存する「起り屋根(むくりやね)」が特徴です。起り屋根とは、屋根の傾斜が途中で膨らんだようになっているものです。神社などは屋根の途中が反っていて威厳を表現していますが、「起り屋根」はその逆で、控え目で優しい印象を与える建築様式と言えるでしょう。また、正面は2階建てですが、裏は平屋になっている「バンコ二階」と呼ばれる造りになっているのも見どころです。もともと柏屋という呉服商(ごふくしょう)だった家で、江戸期には間口の広さで税金が決まっていたことから、間口は7メートル程度と狭い設計になっています。奥行きは58メートルとなっています。現状の建物は手前から主屋(おもや)、裏座敷、土蔵(どぞう)、奥土蔵(てんじくら)、展示蔵の5棟で構成されており、いずれも国の登録有形文化財となっています。建築年代は1860年代後半で、1891年の震災で被災したことから、仏間から奥の部分は改築されています。床の間や書院など、江戸期には禁じられていた造りになっているのはその改築によるところと考えられています。また2005年には、現代の技術を使い、保存のための復原工事が行われています。

旧堀部家住宅

きゅうほりべけじゅうたく

旧堀部家住宅
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旧堀部家住宅は、犬山城の下町に唯一残る武家風の大規模な住宅です。建物は6棟構成になっており、2006年に国の登録有形文化財に指定されました。旧堀部家住宅は1883年に建てられたものですが、主屋の造りや建物の配置などに武家住宅の面影が残っています。また、作業小屋は養蚕に使われていたことが分かっています。堀部家は犬山藩主・成瀬家の家臣だったので、一般の民家とは異なり、前庭には飛び石や灯籠、鑑賞用の中庭も配置されています。商業で殺伐とした日々というのではなく、武家の品格ある生活が見て取れる造りです。また、塀を兼ねた渡り廊下が奥に向かって建てられており、その長さは22メートルにも及びます。長いひさしが出ているので、奥の土蔵などへ行くときの通路として使われていたようです。

犬山城下町

いぬやまじょうかまち

犬山城下町
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犬山城下町は、犬山城の築城にともなって整備された町です。商人をはじめ、同業の職人らの住居をまとめ、鍛冶屋町(かじやちょう)や魚屋町(うおやちょう)などを構成していました。この城下町の外周も、木戸や堀などが取り囲んでおり、町人を含めて城の守りを固める役目を果たしていました。犬山城下町は本町通り筋などの電柱をなくし、地下に集約しています。それによって通行の利便性が上がると同時に、町の景観もかつての城下町のように再現しています。記録によれば、電柱の地中化を開始した2009年には年間31万人程度だった犬山城の登閣者数が、2017年には57万人を超えています。歩きやすく、環境美化も進むということで、犬山城下町の活性化に役立っていると言われています。また、木曽川の周辺は桜の名所でもあり、春にはお花見のための人力車や船なども出るので、犬山城を望みながらゆったり過ごせます。また、夏になると花火大会も行われ、同様に船から見て楽しめます。

木曽川うかい

きそがわうかい

木曽川うかい
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木曽川うかいは、毎年6月1日から10月15日まで行われている鵜飼舟に乗った鵜匠(うしょう)が鵜を訓練し、川魚を捕らせる古代漁法です。木曽川での鵜飼自体は、702年には行われていた記録があり、犬山では1659年から幕府の御料鵜飼となりました。今では漁業として行う必要がなくなり、観光客にその文化的側面を見てもらうために行われています。鵜飼は一般的に夜行われますが、木曽川うかいは2003年から観光客が見やすいように「昼鵜飼」を行っていることでも知られています。そのため鵜飼をする鵜匠は、烏帽子(えぼし)に腰蓑(こしみの)という古式ゆかしい衣装を着て「ホー、ホー」という掛け声で10羽近い鵜(う)を操ります。また木曽川うかいには女性の鵜匠もいます。木曽川うかいは、木曽川の遊覧をしながら鵜飼も見られるように、船に乗って見るようになっており、木曽川からの犬山城も楽しめます。

城下町グルメ

じょうかまちぐるめ

城下町グルメ
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犬山城の城下町は、城下町らしいグルメでも人気のある町です。江戸時代からの庶民の味として親しまれているようなお茶やお団子のような、素朴なものがメインとなります。特におすすめなのは「五平餅」です。一般的に五平餅というと、大きな楕円のものを思い浮かべますが、店舗建物が国の登録有形文化財に指定されている「山田五平餅店」では、小さなお団子型の五平餅となっています。一口サイズのお団子になった五平餅が串に3つ刺さっており、食べやすく、旅行者が町歩きをしながら楽しめます。タレには隠し味として、胡麻やクルミ、ピーナッツなどが加えられています。また、醤油おこげ串の人気も高いです。これは、焼きおにぎりと奈良漬、焼きおにぎりと守口漬というように、交互に串に刺さっているものです。香ばしい醤油味と、漬け物とのバランスが絶妙です。このほか、わらび餅や、140年以上の歴史があるげんこつ飴など、懐かしい味のおやつが楽しめます。

どんでん館・犬山祭

どんでんかん・いぬやままつり

どんでん館・犬山祭
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どんでん館は、犬山祭(いぬやままつり)の車山(やま)を展示している施設です。「どんでん」というのは、車山を路上で方向転換させることを指しています。車山は高さ8メートル、重さは3トンほどの規模で、その精巧な造作をはじめ、漆や金箔など、細部をじっくりと見ることができます。犬山祭で繰り出す車山は13輌あり、夜に点灯される提灯(ちょうちん)は1輌に365個付けられています。一般的な山車(だし)とは異なり3階建てになっており、まさに「やま」のような迫力です。「どんでん」と呼ばれる方向転換は、男衆が「よいしょ!」の掛け声とともに、一斉に車山を持ち上げ、一気に狙った方向に回転させます。また犬山祭では、子どもが「金襦袢(きんじゅばん)」と呼ばれる犬山祭用の衣装を着こみ、車山に上がります。その名のとおり金糸の豪華な刺繍などが施されます。豪華絢爛な犬山祭の歴史をここで感じながら、城下町を歩いてみるのもまた一興です。

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