原爆の子の像
げんばくのこのぞう
![原爆の子の像](https://tguide.jp/rails/active_storage/representations/eyJfcmFpbHMiOnsibWVzc2FnZSI6IkJBaHBBY2s9IiwiZXhwIjpudWxsLCJwdXIiOiJibG9iX2lkIn19--a33984184c0ca09c7b995ffb4fa14d1a5da16738/eyJfcmFpbHMiOnsibWVzc2FnZSI6IkJBaDdCam9MY21WemFYcGxTU0lKT0RBd2VBWTZCa1ZVIiwiZXhwIjpudWxsLCJwdXIiOiJ2YXJpYXRpb24ifX0=--9e5d78bdbe26fcea183fc5e7e6c42ce98b5b8de2/34-002-04%E5%8E%9F%E7%88%86%E3%81%AE%E5%AD%90%E3%81%AE%E5%83%8F.jpg)
スポット紹介音声ガイド
更新日:
2020年11月06日
TOURIST Guide編集部
三遊亭平太
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平和記念公園内を元安川(もとやすがわ)に沿って歩いて行くと、折り鶴を捧げ持った子どもの像が見えてきます。「原爆の子の像」です。またこの像の周りには、常時数多くの千羽鶴が手向けられており、遠目にも色鮮やかです。
今日では折り鶴は平和の象徴とされていますが、そのきっかけとなったのは佐々木貞子(ささきさだこ)さんという1人の女の子でした。貞子さんは被爆した2歳当時は大きな怪我もなく元気に成長していきましたが、それから9年後、小学6年生のときに白血病を発症しました。原爆の後遺症です。彼女は入院期間中、毎日出される薬の包み紙で鶴を折り続けました。千羽折れば願いが叶うと信じていたためです。しかしその想いは届かず、発症から8か月後に亡くなりました。彼女の死をきっかけにして、原爆で亡くなった子どもの霊を慰めるための像が建設されました。彼女の話は日本国内のみならず海を越えて広がり、今でも世界中から毎日のように千羽鶴が届けられています。
スポット詳細情報
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〒730-0811
広島県広島市中島町1
![](https://maps.googleapis.com/maps/api/staticmap?center=34.3941367,132.45276779999995&zoom=15&size=800x320&markers=icon:https://tguide.jp/assets/pin-542f0301bb1f367775cec78efe2e38bddc6a652c14266ed8c547ff0c514ff9be.png|34.3941367,132.45276779999995&key=AIzaSyAiagAfXQgDYnULhQdpW17nMHAmpcgBqwA)
電話番号
082-504-2390
スポット種類
モニュメント
定休日
無休
料金
無料
交通手段
広島電鉄 原爆ドーム前駅から徒歩1分
公式HP
[広島市広域観光情報サイトひろたび]https://www.hiroshima-navi.or.jp/post/006127.html
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